第152章 風が運ぶ優しさ
一宮市、真清田神社の境内。冷たい風が木々を揺らし、落ち葉が舞い上がっている。瑛真は石段に腰掛け、手のひらを合わせながら目を閉じていた。普段は問題解決に集中し、努力を惜しまない性格だが、今日は少しだけ心が揺れている。
「どうして、自分の気持ちがうまく整理できないんだろう…」
つい先日、チームプロジェクトでのトラブルが発生した。リーダーとして冷静に対処しようとしたが、焦りが顔に出てしまい、結果として周囲の不安を煽ってしまったのだ。常に冷静であろうとする自分が、いざという時に感情を抑えきれなかったことが悔しかった。
「瑛真?」
声をかけたのは有紗だった。彼女は細やかな配慮ができる一方で、自分の世界に閉じこもりがちな面もあるが、その慎重さが瑛真にとっては頼りがいのある支えとなっている。
「どうしてここに?」
「さっき、みんなで話してたの。瑛真が元気ないって。ここが好きって言ってたから、もしかしてと思って」
瑛真は少し笑って、「俺って、そんなに分かりやすいか」と苦笑した。有紗は隣に腰掛け、風に揺れる木々を眺めた。
「プロジェクトのこと、まだ気にしてるんでしょ?」
「ああ…冷静に対処しようと思ってたんだけど、結果的に感情が出てしまってさ。それがチームに余計なプレッシャーを与えたんだと思う」
有紗は軽く頷き、「瑛真って、完璧であろうとするところがあるよね。でも、たまには少し揺らいでもいいんじゃない?」と言った。その言葉に、瑛真は少し戸惑った。
「でも、リーダーとしては冷静でなきゃいけないだろ?」
「うん、そうかもしれないけど、人間なんだから完璧じゃなくてもいいと思うよ。瑛真が必死に考えてるの、みんな分かってるから」
瑛真はその言葉にハッとして、考え込んだ。自分が完璧であることを求めるあまり、感情を抑え込もうとしていたことが逆にプレッシャーとなっていたのかもしれない。
「俺、自分を責めすぎてたのかな…冷静でなきゃって思うと、逆に焦ってしまってた」
「そうだね。でも、瑛真が自分を責めても、周りはそんなに気にしてないと思うよ。むしろ、瑛真が悩んでるのを見て、声をかけたいって思ってるんじゃないかな」
瑛真はその言葉に少しだけ救われた気がして、小さく息をついた。
「次からは、もっと自分を信じてみるよ。冷静であろうとすることばかりに囚われず、チームと一緒に乗り越えていけばいいんだな」
「そうそう。そのほうが、きっと瑛真も気持ちが楽になるよ」
瑛真は深呼吸し、冷たい風を吸い込んだ。心の中のわだかまりが少しずつ解けていくような気がした。
「ありがとう、有紗。君が言ってくれたおかげで、少し気が楽になったよ」
「どういたしまして。私も瑛真が笑顔でいてくれると安心するから」
その言葉に、瑛真は少し照れくさそうに、「頼りにしてる」と答えた。有紗はその言葉に笑って、「私もね」と静かに呟いた。
「また、ここに来ような。次は、うまくいった話をしに来るよ」
「うん、その時は一緒にお守りを買って、心を落ち着けよう」
瑛真はその提案に頷き、「それもいいな」と答えた。二人はしばらく無言で鳥居を見上げていたが、ふと有紗が手を伸ばし、瑛真の袖を軽く引いた。
「瑛真って、どうしてそんなに一人で抱え込むの?」
「うーん…リーダーだからって思うと、どうしても自分で解決しなきゃって考えちゃうんだよな」
「そうか。でも、瑛真が悩んでるときは、私にも頼ってよ。少しでも力になれたら嬉しいから」
瑛真はその優しさに胸が温かくなり、少しだけ照れたように、「ありがとう、これからはちゃんと相談するよ」と言った。
「うん、待ってるね。私も、瑛真に頼ってもらえたら嬉しいから」
二人はゆっくりと神社を後にし、石段を降りていった。冷たい風が吹き抜ける中、心には確かな温もりが残っている。
風が運ぶ優しさ。それは、有紗がくれた心の余裕だった。
終