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第151章 雨音に溶ける切ない願い

 岡崎市、六所神社の境内。雨上がりの静けさの中、石畳が濡れて黒く光っている。かおるは鳥居の下に立ち、じっと空を見上げていた。冷たく澄んだ空気が心に沁みる。冷たく見られがちなかおるだが、実は周囲のニーズには敏感で、自分の意見をしっかりと伝えられる強さを持っている。しかし、その強さが時に人を遠ざけてしまうのが悩みだった。

「俺って、やっぱり冷たいのかな…」

 数日前、チームの意見を冷静に指摘したことで、同僚から「厳しすぎる」と言われてしまった。自分では正論を述べたつもりだったが、その言い方が棘のあるものになっていたのかもしれない。正しくあろうとするがゆえに、誰かを傷つけてしまったことが心に引っかかっている。

「かおる?」

 声をかけたのは葵だった。彼女は人情家で、楽観的に物事を捉えるタイプだ。感情豊かで、人との距離を自然に縮められる。その柔らかさが、かおるにとっては少し眩しくも感じられる存在だった。

「どうしてここに?」

「さっき、会社でかおるが元気ないって聞いたから、ここにいるんじゃないかと思って」

 かおるは少し笑って、「バレてたか」と呟いた。葵は隣に立ち、雨上がりの境内を見渡した。

「プロジェクトのこと、まだ気にしてるんでしょ?」

「ああ…俺が正しいと思って指摘したんだけど、どうやら冷たく聞こえたみたいでさ。自分ではそんなつもりじゃなかったんだけど…」

 葵は頷き、「かおるって、すごく真面目で正義感が強いから、どうしても言葉がきつくなっちゃうのかもね」と言った。その言葉に、かおるは少し驚いた。

「でも、間違ってることをそのままにできなくて…それが逆に悪いってことなのかな?」

「ううん、正しいことを言うのは大事だよ。でもね、言い方ってすごく大切なんだと思う。特に、かおるみたいに強い意志を持っている人が言うと、余計に鋭く感じちゃうんだよね」

 かおるはその言葉にハッとして、自分の言動を振り返った。確かに、自分の正しさを証明しようとするあまり、相手の気持ちを置き去りにしていたのかもしれない。

「俺、自分が正しいって思うと、どうしても押しつけがましくなってたんだな…」

「そうかも。でも、かおるが真剣に考えてるからこそ、厳しくなっちゃうんだよね。それが悪いわけじゃないけど、少しだけ柔らかく伝えられると、もっと受け入れられると思う」

 かおるは息をつき、雨上がりの冷たい空気を吸い込んだ。心の中のわだかまりが少しずつほどけていくように感じた。

「俺、次からはもう少し柔らかく話してみるよ。自分の正しさを主張するだけじゃなくて、相手に寄り添えるように」

「うん、その方がかおるの良さがもっと伝わると思うよ」

 かおるは小さく頷き、「ありがとう、葵」と呟いた。葵は「どういたしまして」と笑い、かおるの隣に腰掛けた。

「ねえ、かおる。自分を責めすぎないでね。かおるは冷たいんじゃなくて、正直なだけなんだから」

「でも、その正直さが誰かを傷つけるなら、やっぱり俺の伝え方が悪かったんだよな」

 葵は少し考え、「正直な気持ちを伝えるって、すごく勇気がいることだよ。それをちゃんとできてるかおるは、私はすごいと思うけどな」

 その言葉に、かおるは少しだけ救われた気がして、微かに笑みを浮かべた。

「次のミーティングでは、少し言い方を工夫してみるよ。意見を伝えるだけじゃなくて、相手の気持ちも考えながら」

「それがいいと思う。かおるなら絶対できるよ」

 雨音が残る境内で、二人の声が静かに響く。少しずつ晴れていく空が、かおるの心にも明るさをもたらしてくれるようだった。

「また、ここに来ような。次は、うまくいった話をしに来るよ」

「うん、その時は甘いお菓子を持ってこようね。気分がほぐれるから」

 かおるはその提案に頷き、「楽しみにしてる」と答えた。葵の優しさが、冷えた心をそっと温めてくれた。

「葵って、どうしてそんなに人に優しくできるんだ?」

「私もね、昔はもっときつく言っちゃってたんだ。でも、失敗してから少しずつ気づいたの。相手を否定しない言い方を心がけるだけで、話しやすくなるんだよね」

 かおるはその考え方に感心しながら、「俺も、もう少し柔らかく話せるように意識してみるよ」と言った。

「大丈夫だよ。かおるなら絶対できる。私は信じてるから」

 六所神社の境内を後にし、二人はゆっくりと歩き出した。冷たい風が吹き抜ける中、葵の存在がかおるの心を少しずつ温めていく。

 雨音に溶ける切ない願い。それは、かおるが自分を変えようと決意した瞬間だった。

 終


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