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第148章 心に響くささやき

 愛知県、名古屋城の天守閣から見下ろすと、広がる市街地が夕日に染まっている。孝太は手すりに寄りかかり、静かに街を見下ろしていた。人当たりが良く、他人を尊重する姿勢を大事にしているが、最近はその優しさが仇となっているように感じている。

「自分の気持ちって、こんなに伝わらないものなのか…」

 つい先日のミーティングで、チームメンバーの意見を尊重しすぎたせいで、結局全員の意見が中途半端に混ざり合い、何も決まらないまま終わってしまった。リーダーとしてまとめるべき立場でありながら、全てを肯定してしまった結果、意思統一ができなかったのだ。

「孝太?」

 振り返ると、美千香が立っていた。彼女は他人に冷たいと言われがちな一面があるが、その裏には他者の意見を深く考えた上での厳しさがある。孝太にとって、彼女の率直さは時に心に響くものがあった。

「どうしてここに?」

「さっき、会社でみんなが話してたの。孝太が元気ないって。ここにいるんじゃないかと思ってさ」

 孝太は少し笑って、「分かりやすいか」と苦笑した。美千香は隣に立ち、名古屋城の壮大な景色を一緒に見つめた。

「プロジェクトのこと、まだ気にしてるんでしょ?」

「ああ…俺がリーダーとして、みんなの意見を尊重しすぎたんだ。結果として、何も決まらないままで終わってしまってさ」

 美千香は少し考えてから、「孝太って、良い人すぎるんだよ」と言った。その言葉に、孝太は少し戸惑った。

「良い人すぎる?」

「うん。みんなの意見を受け入れるのは大事だけど、リーダーが決断しないと結局バラバラになるでしょ?そこがちょっと甘いんじゃないかな」

 孝太はその言葉にハッとして、反省の色を浮かべた。確かに、リーダーとしてまとめるべきところで、自分が遠慮してしまったのかもしれない。

「俺、みんなが納得して進めるようにって思ってたけど、逆に優柔不断だったのかもな…」

「そうかもね。でも、孝太の優しさ自体は悪いわけじゃない。ただ、時には引っ張っていく強さも必要なんじゃない?」

 孝太は少しうつむき、「自分で決断するのが怖かったんだ」と呟いた。

「でも、孝太がリーダーに選ばれたのは、みんなが信頼してるからでしょ?だったら、その期待に応えてもいいんじゃない?」

 孝太はその言葉に勇気をもらい、少しだけ笑みを浮かべた。「そうだな。自分を信じて、もっと前に出てみようと思う」

 美千香は「それでこそ孝太だよ」と笑った。その言葉が、孝太の心に深く響いた。冷たい夕風が吹き抜けるが、その中に確かな温もりを感じる。

「次のミーティングでは、もう少し自分の考えをはっきり伝えるよ。みんなの意見を尊重しつつも、最後はリーダーとしてまとめてみせる」

「そうだね。その方が、みんなも安心してついてこれると思う」

 孝太は深呼吸し、冷たい空気を吸い込んだ。美千香が隣にいると、自然と前向きになれる自分がいることに気づいた。

「ありがとう、美千香。君が話してくれたおかげで、少し気持ちが楽になったよ」

「どういたしまして。でも、また迷ったらちゃんと言ってよ。私が背中を押してあげるから」

 その言葉に、孝太は少し赤くなり、「頼りにしてる」と答えた。美千香は少し照れたように、景色に目を戻した。

「また、ここに来ような。次は、うまくいった話をしに来るよ」

「うん、その時は一緒にお弁当でも食べながら話そう」

 二人は名古屋城を背にしてゆっくりと歩き出した。夕日に照らされた城の影が、二人の足元に長く伸びている。

「美千香って、どうしてそんなに冷静でいられるんだ?」

「私も、感情的になることはあるけど、責任を果たさなきゃって思うと冷静になれるんだよね。感情だけじゃ物事は解決しないから」

 孝太はその考え方に感心しながら、「俺も、もっと強くなりたいな」と呟いた。

「大丈夫。孝太はそのままでも十分強いよ。ただ、もう少し自分を信じるだけでいいと思う」

 二人は城門をくぐり抜け、ゆっくりと下り坂を歩き出した。冷たい風が少し和らぎ、温かさが心に染み込んでくる。

「ありがとう、美千香。本当に救われたよ」

「こちらこそ。孝太が元気になってくれて、私も嬉しいよ」

 心に響くささやき。それは、美千香がくれた勇気の言葉だった。

 終


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