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第146章 静寂に響く心の音

 静岡市、駿府城公園。冷たい風が木々を揺らし、枯れ葉が舞い上がっている。ヒロキはベンチに腰を下ろし、ぼんやりと池を眺めていた。普段は権威主義的で、自分の意見を強く押し通すタイプだが、今日はどこか力が抜けている。

「どうして、うまくいかないんだろう…」

 先日、プロジェクトの進め方を巡ってメンバーと衝突した。ヒロキが自信を持って提案した計画が、現場の実情にそぐわないと指摘され、反発を受けたのだ。自分が正しいと思っていたが、結果としてチームの士気を下げてしまったことに気づき、心が重い。

「ヒロキ?」

 声をかけたのは夕音だった。彼女は他者を思いやり、冷静に状況を判断する力を持つ女性だ。普段からヒロキの強引さを柔らかく受け止めてくれる存在でもある。

「どうしてここに?」

「さっき、みんなで話してたの。ヒロキが元気ないって。やっぱりここにいたんだね」

 ヒロキは少し笑って、「俺ってそんなに分かりやすいか」と苦笑した。夕音は隣に座り、同じように池の水面を見つめた。

「プロジェクトのこと、まだ気にしてるんでしょ?」

「ああ…俺がリーダーとしてしっかり引っ張らなきゃって思ってたけど、結局、みんなを疲れさせただけだった」

 夕音は静かに頷き、「ヒロキって、責任感が強いから、自分が頑張らなきゃって思っちゃうんだよね」と言った。その言葉に、ヒロキは少し戸惑った表情を見せた。

「でも、リーダーとして正しいことを示さないと、チームがバラバラになってしまうだろ?」

「うん、それは分かる。でもね、リーダーって正しいことを押し付ける人じゃなくて、みんながついてきたくなる人のことだと思う」

 ヒロキはその言葉にハッとして、少し考え込んだ。確かに、強引に正しさを押し通すだけでは、みんなが納得してついてくるとは限らない。

「俺、いつの間にか独りよがりになってたのかもしれないな…」

「そうかもね。でも、ヒロキが必死に頑張ってたことはみんな分かってると思うよ。ただ、もう少し柔らかく意見を言えば、もっとスムーズにいったかもしれない」

 ヒロキは深く息をつき、冷たい空気を吸い込んだ。心の中で凝り固まっていたものが少しずつ溶けていくように感じた。

「俺、次はもっとみんなの意見を聞くよ。自分が正しいと思っても、相手の考えも尊重しないと意味がないな」

「そうだね。ヒロキがリーダーとして引っ張ってくれるのは頼もしいけど、時には歩幅を合わせてあげるのも大事だと思う」

 ヒロキはその言葉に少しだけ笑みを浮かべた。「そうか…俺、急ぎすぎてたのかもしれないな」

「大丈夫。ヒロキはちゃんと考えられる人だから、次はきっとうまくいくよ」

「ありがとう、夕音。君と話すと、気持ちが少し楽になるよ」

 夕音は「それなら良かった」と微笑んだ。その笑顔が、ヒロキの胸の奥に暖かく響いた。普段は素直になれない自分が、夕音の前では自然に本音を話せる。それが不思議でもあり、心地よくもあった。

「また、ここに来ような。次は、成功した報告をしに来るよ」

「うん、その時は一緒にご飯でも食べよう。きっと、美味しいものを食べながら話せば、もっと元気が出るから」

 ヒロキはその提案に頷き、「それもいいな」と言った。夕音と過ごす時間が、どれほど自分を支えてくれているかに改めて気づき、感謝の気持ちが湧き上がった。

「夕音って、どうしてそんなに冷静でいられるんだ?」

「私も不安になることはあるけど、焦っても仕方ないし、一歩引いて考えるようにしてるの。そうすれば、少しずつ見えてくることもあるから」

 ヒロキはその考え方に感心しながら、「俺も、もっとそういう風に考えられるようになりたい」とつぶやいた。

「絶対できるよ。ヒロキは強くてまっすぐな人だから。少し柔らかさが加われば、もっと頼れるリーダーになれると思う」

 静かな公園で、二人の声が風に乗って消えていく。冷たい空気の中で、確かに心の奥が温かくなっているのを感じた。

「ありがとう、夕音。本当に感謝してる」

「こちらこそ。ヒロキが元気になってくれて嬉しいよ」

 二人は立ち上がり、ゆっくりと歩き出した。池の水面に映る夕焼けが、どこか希望を感じさせるように揺れている。

 静寂に響く心の音。それは、夕音がくれた優しさと勇気だった。

 終


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