第143章 君と見つけた春の足音
静岡市、駿府城公園。冬の名残がまだ残る冷たい風が吹き抜け、薄紅色の梅がちらほらと咲き始めている。ヒロキは公園のベンチに腰を下ろし、じっと地面を見つめていた。彼は権威主義的な一面があり、他人に厳しく接しがちだが、根は優しくて繊細だ。そんな自分の葛藤を抱え、今日は静かに考えている。
「やっぱり、俺が間違ってたのか…」
つい先日の会議で、プロジェクトの進め方について強く主張しすぎた結果、同僚たちの反感を買ってしまった。自分の意見が正しいと信じ、リーダーとして方向性を示したつもりだったが、いつの間にか独善的になっていたのかもしれない。
「ヒロキ?」
声をかけたのは夕音だった。彼女は冷静に物事を判断し、他人のために自分を犠牲にすることができる心優しい女性だ。ヒロキの同僚であり、普段から助言をくれる存在でもある。
「どうしてここに?」
「さっき、会社でヒロキが落ち込んでるって聞いてさ。駿府城公園が好きだって言ってたから、もしかしてと思って」
ヒロキは少し笑って、「バレてたか」とつぶやいた。夕音は隣に座り、梅の花を見上げた。
「プロジェクトのこと、まだ気にしてるんでしょ?」
「ああ…俺がやり方を押しつけすぎたんだと思う。リーダーとして、しっかり方向性を示さなきゃって思ってたけど、結果的にみんなを疲れさせてしまった」
夕音は少し首をかしげ、「ヒロキって、責任感が強すぎるんだよね」と言った。その言葉に、ヒロキは少し戸惑った表情を見せた。
「責任感が強すぎる…?」
「うん。自分がリーダーだからって、全部自分で解決しようとしてない?」
ヒロキはその言葉にハッとして、考え込んだ。確かに、リーダーとしての責任を重く捉えすぎて、他人の意見を受け入れる余裕がなかったのかもしれない。
「俺、周りを信じきれてなかったのかもしれないな…」
「そうかもね。でも、ヒロキの意見が間違ってたわけじゃないよ。ただ、もう少し柔らかく伝えることができたら、もっとスムーズにいったかも」
ヒロキは少しうつむき、「自分が正しいって信じたら、それを曲げるのが怖かったんだ」とつぶやいた。
「うん、その気持ちは分かる。でも、リーダーって正しいことだけを言うんじゃなくて、みんなの意見を取り入れてまとめる役割でもあるからね」
ヒロキはその言葉に小さく頷き、冷たい風を感じながらもう一度考え直した。自分一人が正解を見つけるのではなく、チーム全体で道を探すことが大切だったのだ。
「ありがとう、夕音。君が言ってくれなかったら、きっと俺、また同じミスを繰り返してたと思う」
「ヒロキが反省できているなら、それで十分だよ。次に活かせればいいんだから」
ヒロキは少しだけ笑みを浮かべ、「そうだな。次の会議では、もう少しみんなの意見を聞いてみる」と前向きに言った。
「それでこそヒロキだよ。真面目すぎるところも、私は好きだけどね」
その言葉にヒロキは少し赤くなり、「そんなこと言うなよ」と照れくさそうに目をそらした。
「でも、本当にありがとう。君がいなかったら、きっと俺、もっと落ち込んでた」
「大丈夫。私はいつでもヒロキの味方だから」
二人はしばらく無言で梅の花を見つめていた。薄紅色の花びらが、風に乗って舞い上がる。その光景が、どこか希望を感じさせるようだった。
「また、ここに来ような。次は、成功した話ができたらいい」
「うん、その時はお弁当作ってくるね。二人でゆっくり話そう」
ヒロキはその言葉に少し驚き、「マジで?楽しみだな」と笑った。夕音の優しさが、いつも自分を支えてくれていることに気づき、心が少し温かくなった。
「夕音って、どうしてそんなに冷静なんだ?」
「私も悩むことはあるけど、立ち止まって考える時間があるからかな。焦っても仕方ないって、そう思ってるの」
ヒロキはその考え方に感心しながら、「俺も、もっと落ち着いて考えられるようになりたい」と言った。
「きっとできるよ。ヒロキはちゃんと向き合える人だから」
富士山を遠くに見ながら、二人はゆっくりと歩き出した。春の足音が、少しずつ近づいているように感じられる。
君と見つけた春の足音。それは、夕音がくれた希望の光だった。
終