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第140章 雪に溶ける過去の涙

 松本市、松本城の堀沿い。白く積もった雪が、黒い城壁を引き立てている。雪景色の中で、和馬は城の石垣に寄りかかり、静かに息を吐いた。人付き合いが苦手で、少しひねくれたところがあるが、実直で物事に真摯に向き合う和馬は、今日も一人で考え込んでいる。

「どうして、あんなこと言っちまったんだ…」

 昨日、職場で同僚の意見を真っ向から否定してしまった。正論をぶつけた結果、場の空気が一気に凍りつき、和馬自身も居たたまれなくなったのだ。間違っていることをそのまま放っておけない性格が、またしても仇となった。

「和馬?」

 振り返ると、そこには里奈が立っていた。周囲に気を遣うのが得意で、他者を支えることに長けた彼女は、和馬の良き理解者でもある。

「どうしたの?元気ないね」

「いや、別に…ただ、少し考えごとしてただけだ」

 里奈は少し笑って、「また素直じゃないんだから」と呟きながら隣に立った。冷たい風が二人の間を吹き抜け、雪が舞い上がる。

「昨日のこと、まだ気にしてるんでしょ?」

「…ああ。俺、やっぱり言い過ぎたのかもしれない。同僚の言ってることが非効率だって分かってたから、つい強く否定しちまった」

 里奈は少し首をかしげ、「和馬って、正しいことを言おうとするとき、どうしても強い言葉になっちゃうよね」と言った。その言葉に、和馬は苦笑する。

「正しいことを言うのが間違ってるわけじゃないけど、言い方って大事だよね。相手を傷つけないように工夫できたら、きっともっと伝わると思う」

「分かってる。分かってるんだけどさ…間違ってることをそのままにできない性格で、どうしても口がきつくなっちまうんだ」

「それが和馬の真面目さなんだよ。でも、相手も頑張って考えた結果だから、そこを少しだけ尊重してあげたらどうかな」

 和馬はその言葉にハッとし、少しうつむいた。自分が正しいと思うことが、相手にとっても正しいとは限らない。そこを理解しなければならなかったのだ。

「そうか…俺、相手の気持ちを考えてなかったな」

「うん。でも、和馬が悪気なく言ってるのも、みんな分かってると思うよ。だから、謝って自分の気持ちをちゃんと伝えたら、きっと大丈夫」

 和馬は雪を踏みしめながら、小さく頷いた。自分の言葉がどれほど相手に響いていたのかを考えなかったことを反省し、もう一度向き合おうと心に決めた。

「里奈、ありがとうな。君がいてくれてよかった」

「どういたしまして。和馬がそうやって反省できる人だから、大丈夫だよ」

 和馬はその言葉に少しだけ救われた気がして、もう一度息を吐いた。冷たい空気が肺の中をすっきりと通り抜けていく。

「次のミーティングでは、ちゃんと謝るよ。それで、自分の考えも少し柔らかく伝えてみる」

「うん、そのほうが和馬らしいと思う」

 二人はしばらく黙って雪景色を見つめていた。松本城の黒い姿が、雪の白さに映えて美しく、その風景が和馬の心を少しだけ落ち着かせてくれた。

「和馬って、なんだかんだ言って、人一倍正義感が強いよね」

「正しいことを貫きたいんだ。でも、それが相手を傷つけるなら、意味がないんだな」

 里奈は頷き、「そうやって考えられるようになっただけで、和馬はちゃんと成長してるよ」と微笑んだ。

「次は、少し言い方を考えてみるよ。自分が正しいと思っても、相手の立場を無視しちゃダメだもんな」

「そうそう。その気持ちがあれば大丈夫だよ」

 冷たい雪が、次第に溶けていくように、和馬の心の中のわだかまりも少しずつほどけていく。里奈の存在が、いつも自分を支えてくれていることに気づき、和馬は感謝の気持ちを抱いた。

「また、ここに来ような。次は、みんなで楽しく話せるように頑張るよ」

「うん、待ってるね。その時は、また一緒に歩こう」

 二人は松本城を背にし、ゆっくりと歩き出した。足跡が雪の上に続き、冷たい風が二人の背中を押していた。心の中に温かさが生まれ、和馬はもう一度頑張ってみようと前を向いた。

 雪に溶ける過去の涙。それは、和馬が変わろうと決意した瞬間だった。

 終


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