第十四章「勇気」
宮城の朝は、透き通るような冷たい空気に包まれていた。仙台の街並みが朝日に照らされ、遠くの山々が薄く雪をかぶっている。
ケンタは、瑞鳳殿の入り口に立ち、ふっと息を吐いた。
「……来るの早すぎたか?」
ポケットからスマートフォンを取り出し、時間を確認する。約束の時間まで、まだ十分以上ある。
「遅れてないだけマシか」
そう思いながら、周囲の景色を眺めていると、静かな足音が近づいてきた。
「お待たせ」
真優がゆっくりと歩いてきた。寒さのせいか、マフラーに顔をうずめながら、コートの裾を握っている。
「寒くなかった?」
「まぁ、慣れてるしな」
ケンタは肩をすくめながら答えた。「お前こそ、大丈夫か?」
「うん、大丈夫。でも、朝の空気ってやっぱり気持ちいいね」
真優は澄んだ空を見上げながら微笑んだ。
瑞鳳殿の静寂
二人は並んで歩き、瑞鳳殿の境内へと進む。杉の木々に囲まれた静寂の中、足音だけが響く。
「ここ、久しぶりだな」
「そうだね。最後に来たの、高校のときじゃなかった?」
「……ああ、そうだったかもな」
ケンタは昔の記憶をたどるように、瑞鳳殿の華やかな装飾を見上げた。
「ねぇ、ケンタ」
「ん?」
「最近、何かに挑戦した?」
ケンタは少し考えたあと、「どうだろうな」と答えた。
「……そういうこと、あまり考えてないかもしれない」
「そう?」
「まぁ、日々のことで手一杯だからな」
真優は少し微笑んだ。「そっか。でも、私は最近、ちょっとだけ勇気を出してみたよ」
「勇気?」
「うん。今まで避けてたことに、一歩踏み出してみたの」
ケンタは興味深そうに彼女を見た。「例えば?」
「仕事で、新しいプロジェクトに立候補してみた」
「お前が?」
「うん、びっくりするでしょ?」
「まぁな。お前、慎重なタイプだと思ってたし」
「私もそう思ってた。でもね、たまには勇気を出すのも大事かなって」
ケンタはしばらく考えたあと、小さく頷いた。
「……確かにな」
「ケンタも、何か新しいことに挑戦してみたら?」
「……考えてみるよ」
二人はしばらく無言で歩いた。
「でも、こうやって話してると、少し気持ちが楽になるね」
「そうか?」
「うん。だから、たまにはこういう時間も必要だなって思う」
ケンタは静かに頷いた。
——勇気。
それは、一歩踏み出すことで、見える景色を変えていくもの。
(第十四章 完)