第139章 心を解かす陽だまり
長野市、善光寺の参道を歩く人々の足音が、雪の上でキュッキュッと音を立てている。誠は石畳の脇に立ち、静かに手を合わせて祈っていた。普段は落ち着いていて慎重に物事を進める彼だが、今日はどこか気持ちが揺らいでいる。
「自分の判断が間違ってたのか…」
つい先日、プロジェクトでの意思決定を誠が主導したが、結果的にミスが発覚した。上司から厳しく指摘され、チームメンバーも困惑していた。自分の決断がチームに迷惑をかけたことが、どうしても引っかかっている。
「誠?」
声をかけたのは杏奈だった。彼女は前向きで、どんな失敗も次に繋げる力を持っている。同じプロジェクトメンバーとして、いつも誠をサポートしてくれている存在だ。
「杏奈か…どうしてここに?」
「さっき、みんなが誠が元気ないって言ってたから、なんとなくここにいる気がして」
誠は少し笑って、「そんなに顔に出てたか」と呟いた。杏奈は隣に立ち、雪景色を見ながら軽く肩を叩いた。
「プロジェクトのこと、まだ気にしてるの?」
「ああ…俺があの時、別の方法を選んでいれば、もっと上手くいったんじゃないかって考えてしまってさ」
杏奈は頷きながら、「誠って、いつも責任感が強すぎるよね」と言った。その言葉に、誠は少し戸惑った表情を見せた。
「でも、俺がリーダーだからこそ、ちゃんと判断しなきゃいけないって思ってたんだ」
「うん、それは分かる。でもね、リーダーだからこそ、失敗したときもチームと一緒に受け止めればいいんじゃない?」
誠はその言葉にハッとした。自分が全てを背負おうとしていたことで、逆にチームの力を発揮させていなかったのかもしれない。
「俺、いつの間にか独りよがりになってたのかもな」
「そんなことないよ。誠が頑張ってたの、みんな分かってるから。ただ、もう少しだけ、みんなを頼ってもいいんじゃない?」
誠は少し考え込んで、「そうか…俺、頼るのが苦手だったんだ」と小さく笑った。
「失敗しちゃったことは仕方ないけど、その後どうするかが大事じゃない?誠なら、きっと次はもっと上手くやれるよ」
杏奈の言葉が、心に優しく染み込んでいく。彼女の前向きさが、誠の心を少しずつ温めていった。
「ありがとう、杏奈。君と話してると、気持ちが少し軽くなるよ」
「それなら良かった。だって、誠が元気ないと、みんな心配するんだから」
誠は少し照れながら、「もう少し柔軟に考えるよ」と頷いた。冷たい空気が二人の間を流れていくが、その中にほのかな暖かさが混じっているようだった。
「ねぇ、誠。次の会議では、みんなの意見をもっと聞いてみようよ。きっと、いいアイデアが出てくると思うし」
「そうだな。俺一人で決めようとせずに、もっと意見を取り入れていこう」
杏奈は満足そうに微笑んだ。「その方が、チーム全体が動きやすいし、誠も少し楽になると思うよ」
二人はゆっくりと参道を歩きながら、雪が舞う景色を眺めた。陽だまりが雪を溶かし、地面が少しずつ見え始めている。
「また、ここに来ような。次は、みんなで笑って話せるように」
「うん、その時は私もお菓子持ってくるから、一緒に食べようね」
誠はその言葉に小さく笑い、「楽しみにしてる」と答えた。杏奈の隣にいると、なぜか安心感が広がっていく。
「杏奈って、どうしてそんなに前向きなんだ?」
「うーん、私も失敗すると凹むけど、そのままじゃ嫌だから。次に活かせる方法を考えたほうが、気持ちが楽になるんだよね」
誠はその考え方に少し感心しながら、「俺も、もっとそういう風に考えられるようになりたい」と言った。
「大丈夫だよ。誠ならできるって、私が保証する!」
善光寺の鐘の音が響き、二人の背中をそっと押すようだった。誠はもう一度深呼吸をし、心の中に新しい決意を芽生えさせた。
「ありがとう、杏奈。本当に助かったよ」
「こちらこそ。誠が元気になってくれて嬉しい」
二人は善光寺を後にし、雪道を一歩ずつ踏みしめながら歩き出した。冷たい風の中にも、確かな温もりが感じられるひとときだった。
心を解かす陽だまり。それは、杏奈がくれた勇気と優しさの形だった。
終