第137章 終わらない冬の夢
富山市、環水公園の展望塔から見下ろすと、雪が降り積もり、白銀の世界が広がっている。優樹は手すりに寄りかかり、冷たい風を感じながらぼんやりと景色を眺めていた。普段は冷静沈着で、自分の意見を論理的に主張するタイプだが、今日はどこか物憂げだった。
「結局、何が正解なんだろうな…」
つい先日のプロジェクト会議で、意見が真っ二つに割れた。優樹はデータを基に論理的に提案を出したが、現場の感覚を重視するメンバーから反発を受けた。自分が正しいと信じていたが、実際にみんなの反応を目の当たりにすると、次第に自信が揺らいでいった。
「優樹?」
背後から声がして振り返ると、紗月が立っていた。彼女は感受性が豊かで、人の気持ちを理解するのが得意だ。優樹の同僚であり、プロジェクトでもサポート役を担っている。
「紗月か…どうしてここに?」
「さっき、みんなで話してたの。優樹が元気ないって。心配になって探しに来たんだ」
優樹は少し苦笑し、「そんなに分かりやすいか」と呟いた。紗月は隣に並び、同じように展望塔から景色を見下ろした。
「プロジェクトのこと、まだ気にしてるの?」
「ああ…俺の意見が正しいと思ってたけど、みんなの反応を見てると、もしかしたら間違ってたのかもしれないって思えてきて」
紗月は軽く頷き、「優樹って、頭が良すぎるんだよね」と微笑んだ。
「どういう意味だ?」
「正しいことを論理的に説明できるからこそ、感覚的に動く人たちには少し冷たく感じちゃうのかも。だから、もう少し柔らかく伝えられるといいかもしれないね」
優樹はその言葉に考え込んだ。確かに、自分は正しさを求めすぎて、相手の気持ちに寄り添う余裕がなかったのかもしれない。
「でも、俺はただ、チームが失敗しないようにって考えてたんだ。それが逆に、みんなを追い詰めてたのかもしれないな…」
「優樹の考え方自体は間違ってないよ。ただ、みんなが共感できる言い方ができれば、もっと伝わりやすいんじゃないかな」
優樹は少し息をつき、「確かにな…」と呟いた。
「それにね、優樹は自分の意見に自信があるのは素敵だと思う。でも、その自信が強すぎると、周りがついてこれなくなっちゃうこともあるから、そこだけ工夫すればもっと良くなると思う」
「難しいな。でも、君の言うことも分かるよ。次からは、少し意識してみる」
紗月は嬉しそうに微笑み、「優樹がそうやって素直に反省できるのって、すごいと思う」と言った。その言葉に優樹は少し照れくさそうに目をそらした。
「俺も、もっと柔軟に考えなきゃいけないな。ありがとう、紗月。君と話すと、なんか気が楽になる」
「私も、優樹と話してると頭が整理される感じがするよ。だから、こうやって話せてよかった」
二人はしばらく雪が舞い散る中、展望塔からの景色を眺め続けた。冷たさの中に感じる温かさが、不思議と心地よかった。
「今度さ、みんなでここに来ようよ。冬の夜景もきれいだし、少し息抜きできるかも」
「そうだな。気分転換にはちょうどいいかもしれない」
紗月は少し笑って、「その時は、優樹がガイド役ね」と言った。優樹は「了解」と短く返し、心の中で小さな決意を固めた。
「また、こうして話そうな。次は、もっと良い報告ができるように頑張るよ」
「うん、楽しみにしてる。私もサポートするからね」
雪が止み、わずかに日差しが差し込んできた。二人はその光を浴びながら、ゆっくりと歩き出した。
冬の寒さに負けないように、心に温かさを灯しながら。終わらない冬の夢が、少しずつ春に近づいている気がした。
終