第136章 静寂の中で紡ぐ希望の物語
福井市、越前大野城の天守閣から見下ろすと、冬の街並みが雪に覆われて白く輝いている。俊貴は手すりに手をかけ、冷たい風を感じながら、黙って景色を見つめていた。押しが強く、感覚で物事を理解するタイプだが、自分の考えをはっきり持つがゆえに、時々周囲と衝突してしまう。
「どうして、こんなに上手くいかないんだろうな…」
最近、プロジェクトで同僚と意見が対立し、気まずい空気が続いている。自分が正しいと信じて強く押し通そうとした結果、チーム全体が固まってしまったのだ。自己評価ができる分、自分の非も理解しているが、どう対応すればいいのかが見えてこない。
「俊貴?」
ふと背後から呼びかけられ、振り返ると晴が立っていた。彼女は他人の短所をつい指摘してしまう癖があるが、常に自分を改善しようと努力している。柔軟に対応することを心がけている彼女の姿勢に、俊貴は密かに感心している。
「晴か。どうしてここに?」
「会社で聞いたの。俊貴がここによく来るって。なんか悩んでるんじゃないかって思って」
俊貴は少し苦笑し、「そんなに分かりやすいか?」と尋ねた。晴は隣に立ち、同じように街並みを見下ろした。
「プロジェクトのこと、まだ引きずってるの?」
「ああ…俺、押しが強すぎたみたいでさ。自分が正しいと思ってたけど、みんなの反応を見てたら、そうじゃなかったのかもって思えてきて」
晴は少し考えてから、「俊貴って、強気に見えるけど、本当は責任感が強すぎるんだよね」と言った。その言葉に俊貴は驚き、「そう見えるか?」と尋ねた。
「うん。でも、私も似たところがあるから分かるの。自分の意見が正しいって信じたいけど、それを押し通すことで、相手がどう感じているかを見失うことがある」
俊貴はしばらく考え込み、「そうか…俺、周りを気にする余裕がなかったんだな」と呟いた。
「でもね、俊貴が一生懸命考えてたのは分かるよ。だから、きっとみんなもちゃんと受け止めてると思う。ただ、少し言い方が強かっただけ」
「言い方か…俺、いつもそれで失敗するんだよな」
晴は微笑んで、「その反省ができるってことは、次はもっと良くなるってことだよ」と励ました。俊貴はその言葉に少し救われ、息を吐き出した。
「ありがとう、晴。君に話すと、少し冷静になれるよ」
「私もね、俊貴のそういう真面目なところ、嫌いじゃないから」
その言葉に、俊貴は照れくさそうに笑った。普段は素直になれないが、晴の前だと自然に本音が出てしまう。
「じゃあ、もう一度みんなと話してみるよ。自分の言い方が悪かったって、ちゃんと謝ってさ」
「うん。それができる俊貴だから、大丈夫だよ」
ふと、雪がさらに降り始め、二人の肩にも白い粒が積もり始めた。晴は「寒いね」と小さく呟き、俊貴は自分のコートを広げて、さりげなく彼女を包んだ。
「風邪ひくぞ、こんなとこで長居してたら」
「…ありがとう。でも、こうやって話してると、なんか落ち着くんだよね」
俊貴はその言葉に少しだけ赤くなり、「そうか」と短く答えた。
「私ね、俊貴がちゃんと自分を見つめ直せるところ、すごいと思う。だから、もっと自信持っていいんじゃないかな」
「自信か…俺には難しいけど、そう言ってくれると、少しは前向きになれる気がする」
晴は笑顔で「それならよかった」と答え、二人はしばらく黙って雪景色を眺めた。
「また、ここに来ような。次は、プロジェクトがうまくいったって報告できるように」
「うん、そのときは一緒にお祝いしようね」
俊貴はその言葉を心に刻み、もう一度頑張ろうと決意した。冷たい空気の中に、ほんの少し暖かさを感じながら、二人はゆっくりと天守閣を後にした。
静寂の中で紡がれた希望の物語。それは、俊貴がもう一度自分を信じて進むための一歩となった。
終