第135章 見つめるだけの切なさ
福井県、嵐山の展望台。冬の冷たい風が吹き、眼下には広がる雪景色が一面に白く輝いている。翔平は手すりに寄りかかり、遠くの山並みを見つめていた。卑劣と言われがちな強引な一面を持ちながらも、争いを避け、物事を簡潔に説明する能力がある彼だが、今日はその表情に影が差している。
「どうして、こうなっちまうんだろうな…」
数日前の会議で、翔平の発言がきっかけとなり、チーム内に不和が生じた。自分の意見を強く押し通したせいで、他のメンバーが萎縮してしまったのだ。自分が正しいと思う道筋を示そうとした結果、逆に距離が生まれてしまったことが悔やまれる。
「翔平?」
後ろから声がして振り向くと、そこにはわかなが立っていた。友好的な性格で、鋭い直感を持つ彼女は、物事を前向きに捉えるタイプだ。そんな彼女の優しい眼差しが、翔平の胸に刺さる。
「どうしてここに?」
「さっき、職場の人に聞いたの。翔平が元気ないって。やっぱりここにいたんだね」
翔平は苦笑いし、「そんなに分かりやすかったか」と答えた。わかなは隣に並び、同じように山々を見つめた。
「この前の会議のこと、気にしてるんでしょ?」
「ああ…俺のせいで、みんながギクシャクしちまってさ」
わかなは頷きながら、「確かに、少し言い過ぎたかもしれないけど、それって翔平が真剣だったからじゃない?」と穏やかに語りかけた。
「でも、俺の言い方がきつかったんだ。あの空気、思い出すだけで居たたまれなくてさ」
わかなは、しばらく考えてから口を開いた。
「でもね、翔平。みんなもきっと、あなたの意見が間違っているとは思ってないんじゃないかな。ただ、伝え方が少し強すぎただけで」
「伝え方か…そうかもしれないな。つい、自分が正しいって思い込んで、周りを見失ってた」
わかなは優しく微笑み、「それを気づけたなら、次に活かせばいいよ」と言った。翔平はその言葉に少し救われた気がした。
「俺、少し自分勝手だったな。自分の意見を通すことばかり考えてて、相手の気持ちを無視してた」
「でも、後悔してるんでしょ?それだけで、十分反省してる証拠だよ」
翔平は深呼吸し、冷たい空気を肺いっぱいに吸い込んだ。わかなの温かい言葉が、少しずつ心に染みていく。
「次は、もう少し柔らかく意見を言ってみるよ。わかなが言うように、伝え方を考えないとダメだな」
「うん、翔平ならきっとできるよ。だって、みんなのことを本気で考えてるんだから」
翔平は頷き、わかなの笑顔に少しだけ癒された。気持ちを整理しながら、今度こそチームをうまくまとめる自信が湧いてきた。
「ありがとう、わかな。君と話すと、なんか素直になれるよ」
「それって褒めてる?」
「ああ、素直にそう思う」
わかなは少し照れくさそうに微笑んだ。その表情を見つめると、不思議と胸が温かくなっていくのを感じた。
「今度、もう一度みんなと話してみるよ。ちゃんと謝って、自分の考えを言い直してみる」
「それがいいね。きっと、みんなも待ってると思うよ」
二人は展望台から遠くの景色を見つめながら、しばらく無言で立っていた。雪が舞い落ち、白く染まっていく地面がどこか清々しい。
「また、ここに来ような。次は、成功した報告ができるといい」
「うん、楽しみにしてる。そのときは、私も新しいチャレンジの話ができたらいいな」
翔平はその言葉に頷き、わかなの力強い眼差しに勇気をもらった。二人の間には、確かな信頼感が生まれていた。
「一緒に頑張ろうな。君がいると、なんだかやれそうな気がする」
「私も。翔平が元気になってくれて、本当に良かった」
雪が一層激しくなり、二人は肩を寄せ合いながら展望台を後にした。心の中に残る、見つめるだけの切なさが、少しずつ和らいでいく気がした。
終