第十三章「初めての涙」
盛岡の夜は、静かに更けていた。盛岡城跡公園の木々には薄く雪が積もり、月の光がその白さを際立たせている。
航は、公園の石垣にもたれかかりながら、携帯を確認した。待ち合わせの時間はもう過ぎている。
「……遅いな」
そう呟いた直後、足音が近づいてきた。
「ごめん!待った?」
駆け寄ってきたのは、美遥だった。少し息を切らしながら、マフラーをきゅっと握っている。
「遅い」
「ちょっと仕事が長引いちゃって……でも、ちゃんと来たよ」
美遥は笑顔で答えたが、その表情にはどこか疲れが滲んでいた。
「無理してないか?」
「ん?」
「最近、忙しそうだったからな」
美遥は少し驚いたように目を瞬かせ、それからふっと笑った。
「……航って、意外とそういうとこ気にするんだね」
「そりゃ、気にするだろ」
「そっか……」
美遥は、少し考え込むように夜空を見上げた。
「ねぇ、航」
「なんだ?」
「私さ、泣くのってずっと苦手だったんだ」
「……どうして?」
「なんか、泣いたら負けって思ってた」
「それは、勝ち負けの問題じゃないだろ」
「うん、今なら分かるよ。でも、昔はそう思えなかったんだよね」
美遥はポケットからハンカチを取り出し、ぎゅっと握りしめた。
「でもね、この前、久しぶりに泣いたんだ」
航は少し驚いたように彼女を見た。
「仕事でうまくいかなくて、すごく悔しくて……でも、それだけじゃなくて、誰かに支えられてるって気づいたとき、自然と涙が出たんだ」
美遥は静かに微笑んだ。
「それが、私の『初めての涙』だったのかもしれないなって」
航はしばらく黙っていたが、やがてゆっくりと頷いた。
「それで、少しは楽になったのか?」
「うん、ちょっとね。でも、まだまだ頑張らなきゃ」
「……お前らしいな」
「ありがと」
美遥は、夜空を見上げながら、小さく息を吐いた。
「ねぇ、こうやって話してると、少し気持ちが軽くなるね」
「そうか?」
「うん。だから、たまにはこういう時間も大事だね」
航はポケットに手を入れながら、小さく微笑んだ。
「……まぁ、たまにはな」
——初めての涙。
それは、強さの証であり、支えられていることを知る瞬間だった。
(第十三章 完)