第129章 忘れられない日々
新潟県の豊橋駅周辺。少し冷たい風が吹き抜け、桜の花びらが舞い散る中、新陽はベンチに座っていた。カフェから漂うコーヒーの香りが、どこか心を落ち着かせてくれる。普段は他者の違いを尊重し、物事を柔軟に考えるタイプの新陽だが、今日は少し気持ちが沈んでいた。
「今日は、なんか静かだな…」
新陽は周りを見渡しながら独り言をつぶやいた。気楽に考え、日常の些細なことに拘らない性格だが、ここ最近は仕事でうまくいかないことが続いていた。物事を柔軟に受け入れるつもりが、逆に自分を見失っているような感覚に囚われている。
「新陽!」
声の方を見ると、結実が駆け寄ってきた。自分の目標に向かって粘り強く努力する彼女は、今日も元気そうだ。社会的に意識が高く、個性を大切にする彼女は、新陽にとって刺激的な存在だった。
「ここにいたんだ。探したよ。最近元気ないって聞いたからさ」
新陽は少し苦笑し、「そうか、バレてたか」と呟いた。結実は隣に座り、心配そうに彼の顔を覗き込む。
「なんかあったの?」
「いや、特にこれってわけじゃないんだけど、なんかさ、仕事がうまく回らなくてさ。柔軟に対応しようと思うんだけど、逆に流されてる感じがしてさ」
結実はうなずきながら、「それ、分かる気がする」と言った。彼女も、目標に向かってひたむきに頑張っているが、その過程で他者との関係に悩むことがあるらしい。
「新陽って、いつも自然体でいるけど、意外と周りに気を使ってるよね」
「そうかな。自分ではあまり意識してないけど…確かに、最近は人の意見ばかり気にしてるかも」
結実はそっと微笑み、「それって、新陽の優しさだと思う」と言った。新陽はその言葉に少し戸惑いながらも、心が少しずつ解けていくのを感じた。
「だけど、たまには自分を優先してもいいんじゃない?他人の意見を聞くことも大事だけど、自分の軸を持ってないと、どんどん流されちゃうから」
新陽は「そうだな」と頷き、少し前向きな気持ちを取り戻した。
「忘れられない日々ってあるよな。特に、何もかもがうまくいかない時期って、後から振り返ると成長してたんだって思えることが多いんだよな」
「うん。だから、今がその時期なんじゃない?きっと今を乗り越えたら、新陽はもっと強くなるよ」
その言葉に、新陽は肩の力が抜けたように感じた。結実の前向きな言葉が、心の奥まで響いたのだ。
「ありがとう、結実。なんか元気出たよ」
「よかった。じゃあ、リフレッシュがてら、カフェに行こうよ。あそこの抹茶ラテ、すごく美味しいんだって」
「いいね。気分転換にはちょうどいいかも」
二人は豊橋駅近くのカフェに向かって歩き出した。道端には色とりどりの花が咲き、少しずつ春の訪れを感じさせる。
「結実ってさ、どうしてそんなに前向きなんだ?」
「うーん、私も不安になることはあるけど、どうせやるなら楽しくやりたいって思うんだ。失敗しても、それを笑い話にできるくらいの余裕があればいいかなって」
新陽はその言葉に、自然と笑みがこぼれた。結実の楽観的な姿勢に触れると、どんな困難も乗り越えられるような気がしてくる。
カフェのテラス席に腰を下ろし、抹茶ラテを一口飲むと、ほっと心が和らぐ。
「やっぱり、美味しいね」
「だろ?こうやって、何気ない時間を楽しむことが一番のリフレッシュだよ」
新陽は、結実の笑顔を見つめながら、「そうかもしれない」と心から思った。どんなに忙しい日々でも、こうして誰かと他愛のない話をする時間が大切だと感じた。
「また、こうして話そうな。次は俺がオススメの店を見つけてくるから」
「うん、楽しみにしてる!」
新陽は、自分の考えに柔軟さを持たせつつ、軸を失わないように前に進んでいこうと決めた。結実との時間が、何よりも自分を元気づけてくれるのだから。
夕焼けが少しずつ空を染めていく中、二人の会話は尽きることなく続いていた。
終