第127章 再会
平塚市の湘南ひらつかビーチパークでは、サーファーたちが次々と波に乗っている。穏やかな波とともに、潮風が砂浜を心地よく吹き抜ける。貴史は、防砂林の陰に立ち、じっと海を見つめていた。彼は他者の感情に敏感に反応し、成功を喜ぶことができる一方で、自分の意見を押し出すことができない性格を持っている。
「ここにいたんだね」
声の主は菜穂だった。彼女は挑戦を恐れないタイプで、他者の成功を心から喜ぶことができる。少し息を切らしているところを見ると、貴史を探していたのだろう。
「菜穂か。どうしたんだ?」
「さっき、会社で見かけたんだけど、すぐにどこか行っちゃって。ちょっと心配でさ」
貴史は肩をすくめ、「いや、ちょっと考えごとしてたんだ」と答えた。菜穂はそっと彼の横に並び、波音に耳を傾けた。
「なんか、悩んでる?」
「うん、ちょっとな。プロジェクトで、俺の意見がなかなか通らなくてさ。でも、みんなの意見に合わせるのが一番うまくいくと思って、結局流されてしまうんだ」
菜穂は少し考え込み、「貴史は、いつも周りを大事にしすぎるんだよ」と言った。その言葉に、貴史は少し眉をひそめた。
「そんなつもりじゃないんだけど、どうしても意見が食い違うと、他人の気持ちを優先しちゃうんだ」
「それが貴史の優しさだけど、自分の意見を出さないと、きっと後で後悔するよ」
貴史は海を見つめたまま、少しだけため息をついた。自分の意見を通すことが苦手な自分に、もどかしさを感じていたのだ。
「でも、間違ってたらどうしようって思うんだ。自分が強く出たせいで、チームがダメになったらって…」
菜穂は貴史の手を取り、優しく微笑んだ。「間違ってもいいんだよ。それで学べばいいじゃない。挑戦しないまま後悔するより、少しでも自分の気持ちを伝えたほうが、きっと成長できるよ」
その言葉に、貴史の心が少しだけ軽くなった。菜穂のまっすぐな目に、勇気をもらった気がする。
「ありがとう、菜穂。そうだよな。怖がってたら何も変わらないよな」
「うん。貴史が頑張ってるの、私は知ってるから。もう少し自信を持っていいんだよ」
菜穂の手が温かく、貴史はその感触に少しだけ照れくささを覚えた。だが、同時に安心感が心を包んでいく。
「俺さ、いつも菜穂には助けられてばかりだな」
「そんなことないよ。私も、貴史の優しさに何度も救われてるんだから」
二人は少し照れ笑いをしながら、静かに立ち尽くした。ふと、沖から大きな波が立ち、サーファーが華麗に波を乗りこなす姿が見えた。
「すごいな、あれ。怖がらずに波に挑んでいくんだもんな」
「そうだね。でも、あの人たちだって最初は怖かったはず。それでも、失敗しながら乗れるようになったんじゃない?」
貴史はその言葉にうなずき、自分も変わらなきゃいけないと心に決めた。どんなに怖くても、まずは意見を伝えてみよう。失敗を恐れずに、少しずつ前に進む。それが大切なのだと、菜穂が教えてくれた。
「次の会議、ちゃんと自分の意見を言ってみるよ。菜穂が言ってくれたから、ちょっと勇気が出た」
「うん、応援してる。私も、貴史のその頑張りをちゃんと見てるから」
日が少しずつ沈み、夕焼けのオレンジが空を覆う。貴史はその光景を眺めながら、改めて自分の気持ちに正直でいようと思った。
「またここに来よう。今度は、成功した話ができたらいいな」
「うん、楽しみにしてるよ。貴史ならできるって信じてるから」
二人は並んで海を眺め、潮風に吹かれながら、静かに未来を見つめていた。菜穂の笑顔が、何よりも励ましになっていると、貴史は感じていた。
終