第126章 静かな微笑み
藤沢市の江ノ島近く、砂浜には心地よい潮風が吹き抜けている。夕陽が海面に反射し、波打ち際を金色に染めている。大将は砂浜に立ち、遠くを見つめていた。曲者と呼ばれるほど独特な発想を持ち、賢明に物事を見極める彼だが、今日は少し考え事をしているようだった。
「また一人で何してんの?」
声をかけたのは沙里だった。彼女は、他人と調和するのが得意で、誰に対しても自然に接することができる。大将の隣に立ち、同じように海を眺める。
「何、ぼーっとしてんの?大将らしくないね」
「いや、ちょっとな。最近、仕事が立て込んでて頭がパンパンだ」
沙里は軽く笑い、「珍しいね、大将が悩むなんて」と言った。その言葉に、大将は肩をすくめた。
「いや、悩むってほどでもないけどさ。なんか、職場でみんながバタバタしてて、うまくフォローできてない気がしてな」
「ふーん、でも大将って、そういうとき意外と周りを見てるでしょ?」
大将は少し口をへの字にし、「まあな」と答えた。彼は相手の気持ちを汲み取るのが得意で、場の空気を読んで行動するタイプだ。しかし、最近はそのスキルが空回りしている気がしていた。
「私が思うに、大将ってさ、みんなを助けようとしすぎて自分が疲れちゃってるんじゃない?」
「そんなことないって。俺はただ、チームがうまく回るように気を使ってるだけで…」
「そこだよ、その気の使いすぎが原因かも」
沙里は軽く大将の背中を叩いた。「誰かを励ますのは良いけど、それで自分がしんどくなってたら本末転倒じゃない?」
その言葉に、大将はハッとした表情を見せた。いつも自分の意見を後回しにして、周りを優先していた。
「そうか…俺、無理してたのかもしれない」
沙里はにっこりと笑った。「ほら、やっぱり。たまには自分の気持ちを大事にしなきゃね」
潮風が二人の間を吹き抜け、砂浜に寄せる波が優しく音を立てた。沙里は少し照れたように言った。
「ねぇ、大将。私も結構無理しちゃうタイプだから、そういうときはお互い声掛け合おうよ」
「沙里でも無理することあるのか?」
「当たり前じゃん。強がってばかりの私だって、たまにはへこんだりするんだよ」
大将は少し驚きつつ、沙里の正直さに心が温かくなった。彼女が素直に気持ちを打ち明けてくれることが、なんだか嬉しかった。
「そっか。じゃあ、俺も頼っていいのか?」
「もちろん。むしろ、頼られたいくらいだし」
二人はしばらく無言で海を眺めていた。夕陽が沈みかけ、空が紫色に染まる頃、沙里がぽつりと言った。
「ねぇ、大将。こうやって話してると、なんだか安心するね」
「それ、俺も同じだわ。お前がいると、なんか落ち着くんだよな」
沙里がくすっと笑い、「それ、褒めてるの?」と聞くと、大将は少し照れ臭そうに頷いた。
「お前ってさ、意外と素直なんだな」
「誰にでもそうってわけじゃないけどね。大将には特別かな」
その言葉に、大将は思わず静かな微笑みを浮かべた。自分が素直になれる相手がいること、それがどれだけありがたいことか、改めて実感する。
「今度はさ、俺が沙里を励ます番かもな」
「期待してるよ、大将」
二人は波打ち際をゆっくり歩きながら、少しずつ心の距離を縮めていく。穏やかな風が二人の間を通り抜け、どこか優しい時間が流れていた。
終