第122章 夜空の星
横浜ランドマークタワーの展望フロア。夜景が一望できるガラス窓の向こうには、煌びやかな街の灯りが広がっている。わたるは、窓際に立ちながら、遠くに見える観覧車の光がゆっくりと色を変えるのを眺めていた。感情を上手にコントロールするのが得意な彼だが、今日は少しだけ胸がざわついていた。
「考えすぎか…」
わたるは、自分の中にわだかまっている感情を整理しようと深呼吸をした。物事を分かりやすく説明するスキルを持ちながらも、時には自分の心の中を整理することが難しい。そんな時、彼は決まってここに来る。
「わたる、こんなところにいたんだ」
声をかけたのは理衣だった。完璧を求め、目標を明確にして着実に進む彼女にとって、突発的な行動は珍しい。しかし、今日は何かが違うようだ。
「どうした?急に来るなんて」
「なんとなく、わたるがここにいる気がして」
わたるは少し驚いたが、理衣の直感には驚かされることが多い。彼女はわたるの隣に立ち、同じように夜景を見つめた。
「やっぱり綺麗だね、夜景って。なんだか、心が洗われる気がする」
「そうだな。でも、今日は少しモヤモヤしててさ」
理衣がちらりとわたるを見上げた。「珍しいね、わたるが悩むなんて。何かあったの?」
「いや、ただ最近、自分のやっていることが正しいのかどうか、よく分からなくなってきて」
「それって、仕事のこと?」
「うん。チームをまとめる立場として、みんなの意見を聞き入れながら進めているけど、どうしても衝突が増えてきて」
理衣は静かに頷いた。彼女もリーダーシップを発揮する立場にいるから、その難しさは痛感している。
「わたる、完璧を求めるのは悪いことじゃないけど、時には自分の感情にも素直になっていいと思うよ」
「感情に素直か…」
「そう。リーダーだからって全部完璧にこなさなくてもいい。むしろ、時々は自分の弱さを見せることで、みんなも安心するんじゃないかな」
わたるはその言葉を噛みしめた。自分の感情に素直に向き合うことで、理解が深まるのかもしれない。理衣はそんなわたるの肩を軽く叩き、微笑んだ。
「ねぇ、わたる。私も完璧主義で、いつも強がってばかりだけど、君には素直になれるんだよ。不思議だね」
「それは…なんだか、嬉しいな」
理衣が照れ隠しに夜景へ視線を戻す。わたるもまた、少しずつ心が軽くなっていくのを感じた。
「こうして見ると、夜空の星みたいだな。街の光がさ」
「うん、星みたいだね。どんなに暗くても、こうやって輝いているんだから、私たちもきっと大丈夫」
二人の間に流れる静かな時間。ふと、わたるは「ありがとう」と呟いた。理衣が驚いた顔をして、「何が?」と尋ねると、
「君のおかげで、少しだけ自分を許せた気がする」
「そんな大げさだよ。でも、そう思ってくれたならよかった」
ふいに、理衣の笑顔が夜景に照らされて輝いたように見えた。わたるはその笑顔を見て、自分も自然に笑っていることに気づいた。
「これからも、たまにはこうして夜景を見に来ようか」
「うん、そうしよう。次はもっと楽しい話をしようね」
二人は夜景を背に、帰り道をゆっくりと歩き出した。夜空の星のように、自分たちも少しずつ光を放ちながら歩んでいく。
終