第十二章「初めての涙の意味」
岩手の夜空は、冷たく澄み渡っていた。盛岡の街を抜け、直は静かな公園のベンチに腰掛けた。
「……寒いな」
吐く息が白く染まり、街灯の光が雪をぼんやりと照らしている。
「直!」
遠くから駆け寄ってきたのは、温子だった。厚手のマフラーを巻き、手袋をしたままポケットを探っている。
「遅かったな」
「ごめんごめん、ちょっと道が滑ってさ……」
彼女は息を整えながら、ベンチの隣に腰掛けた。
「今日は呼び出してくれてありがとう」
「いや、久しぶりに話したいと思っただけだ」
直は足元の雪を軽く蹴りながら、空を見上げる。
「変なこと聞くけどさ……」
温子がふと、声を落とした。「直って、最後に泣いたの、いつ?」
「……泣いた?」
直は少し驚きながら、考え込んだ。
「覚えてないな」
「やっぱりね」
温子は笑った。「直って、昔から強がるタイプだったもんね」
「そういうつもりはないんだけどな」
「でも、たまには泣いてもいいんじゃない?」
「……泣く理由がない」
直はそう言いながら、雪を踏みしめた。
「そっか。でも、いつか『初めての涙の意味』が分かる日がくるかもよ?」
「……どういう意味だ?」
温子は、じっと雪を見つめながら、小さく微笑んだ。
「泣くってさ、悲しいときだけじゃないんだよ」
「……」
「嬉しくても、悔しくても、どうしようもない気持ちが溢れたとき、人は涙を流すんじゃないかな」
直はしばらく黙っていたが、やがてゆっくりと息を吐いた。
「……そうかもな」
温子は静かに微笑んだ。
「でも、直が泣くときは、きっと何かすごく大事な瞬間なんだろうね」
「……それがいつ来るのか、分からないけどな」
「うん。でも、そのときは、私がそばにいるよ」
静かな夜の中、雪がゆっくりと舞い落ちる。
——初めての涙の意味。
それは、まだ分からないけれど、きっと大切な瞬間のためにある。
(第十二章 完)