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第一一九章「雨に溶け込む君の涙」

 檜原村、青梅川渓谷。冬の冷たい雨がしとしとと降り続き、渓流の音と雨粒の音が混じり合って響いていた。川沿いの遊歩道にはほとんど人影がなく、ただ濡れた木々が静かに佇んでいる。

 大地は、傘も差さずにその道を歩いていた。冬の雨が頬を濡らし、冷たさが骨身に染みてくる。彼は「感情のコントロールが上手」であり、「誰かのために行動することを大切にする」性格を持っている。普段は穏やかな表情を崩さないが、その裏ではさまざまな思いを抱えながらも、人を支えようと努力してきた。

 今日は、里穂をここに呼び出していた。彼女は「力強くリーダーシップを取る」一方で、「ポジティブな考え方」を持っており、どんな困難にも前向きに取り組むタイプだ。人を引っ張っていく強さがありながら、その影で自分の弱さを見せられないもどかしさを感じている。

「大地!」

 その声に振り向くと、里穂が息を切らして駆け寄ってきた。黒いレインコートを羽織り、少し濡れた髪が額に貼りついている。

「なんで傘も差さないの?風邪ひくよ!」

「ああ、なんかこうしてると、気持ちが少しだけ落ち着くんだ」

「……そんなこと言って、大地らしくないよ」

 里穂は、大地の隣に立って、自分の傘をそっと差し出した。ふたりの頭上に傘が広がり、雨粒がリズミカルに弾かれていく。

「どうしたの?今日はいつもと違う感じがする」

 大地は少し黙り込み、濡れた髪を手でかき上げた。冷えた指先がかすかに震えている。

「俺さ、里穂に頼りすぎてるのかもしれないって、最近思ってたんだ」

「頼りすぎてる?どうして?」

「里穂は、どんな時でも前を向いてくれるし、みんなを引っ張ってくれる。それがすごく頼もしくて……だから、俺が弱音を吐くと、その背中が遠く感じてしまうんだ」

 里穂は驚きの表情を浮かべた後、少し俯いた。

「私、そんなふうに思われてたんだ。確かに私は、弱さを見せるのが苦手だけど、でもね……大地がそばにいるときだけは、なんだか安心するんだ」

「俺が?」

「うん。大地は、どんなにしんどくても自分の感情を抑えて、誰かのために動こうとするでしょ?それが逆に、私には少し怖かった。もっと、私に甘えてほしいって、ずっと思ってた」

 大地は驚きつつも、その言葉にじんわりと胸が温かくなるのを感じた。

「俺……ずっと間違ってたのかもしれない。自分が支えなきゃって思い込んで、里穂に頼ることを忘れてた。もっと、正直になってもよかったんだな」

「そうだよ。私だって、人に頼りたいときがある。だから、大地には無理してほしくない」

 その瞬間、大地の目からぽつりと涙がこぼれた。それは雨に混じってすぐに流れていき、傘の影に吸い込まれていった。

「……なんか、情けないよな。こんなふうに泣くなんて」

「違うよ。泣いてもいいんだよ、大地。私の前では、もっと弱くてもいい」

 里穂は、大地の手をそっと握りしめた。冷えた指先が少しずつ温まり、ぬくもりが伝わってくる。

「大地が無理しないでいてくれるだけで、私は嬉しいの。だから、もう我慢しないで」

 大地は、里穂の肩にそっと寄りかかりながら、小さく息をついた。

「ありがとう。里穂がいてくれるから、こうして素直になれたんだ。これからは、俺も少しずつ、甘えることを覚えようと思う」

「うん。お互いに支え合っていこうね。だって、二人ならもっと強くなれるから」

 雨はまだ降り続けているが、ふたりの心は次第に晴れ間を見せていた。手を取り合い、傘の下で寄り添うふたり。その傘の影が、地面に静かに揺れていた。

 ——雨に溶け込む君の涙。

 それは、素直になれずに抱え込んでいた気持ちが解け、二人で分かち合うことで初めて強くなれた、心の再生の瞬間だった。

(第一一九章 完)

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