第一一八章「夢の実現」
日の出町、日の出山の中腹にある展望台。冬の澄んだ空気が辺りを包み込み、遠くには東京都心のビル群がぼんやりと見えている。夕暮れが近づき、空は薄橙色に染まり始めていた。
真陽は、木製の手すりにもたれかかりながら、目の前に広がる風景を見つめていた。彼は「他者と協力して成功を目指す」ことを大切にしており、そのために「単純」でありながらも「目標を具体的に設定する」タイプだ。自分がやるべきことを明確にし、そのために必要なことを徹底して取り組むのが彼の強みだった。
今日は、結子と待ち合わせていた。彼女は「他人を軽視する」傾向がありつつも、「他者の意見を受け入れ、適切に行動する」柔軟性を持っている。普段はクールで毅然としているが、自分の気持ちを表現するのが得意ではなく、どこか距離を感じさせることが多い。
「遅くなった」
その声に振り返ると、結子がゆっくりと歩いてきた。黒いロングコートに白いニット帽をかぶり、息が少し白く煙っている。
「いや、全然待ってないよ。まだ陽も沈んでないし」
「……ここ、いい景色ね」
「そうだろ?頑張って登った甲斐があったって感じだ」
結子は静かに頷き、展望台の端に立って街を眺めた。冷たい風が吹き、髪が少し揺れる。
「真陽、どうしてここに来たかったの?」
「実はさ……俺、夢があるんだ」
「夢?」
「うん。俺、いつか自分で山小屋を作りたいんだ。こういう景色が見られる場所に、自分の手で建てた小屋を作って、誰でも気軽に来られる場所にしたい」
その言葉に、結子は少し驚いたように目を見開いた。
「意外ね。でも、なんで山小屋なの?」
「小さい頃さ、家族で山登りしたときに、ふと立ち寄った小屋があってさ。そこにいたおじいさんが“疲れたらいつでもおいで”って言ってくれたんだ。その優しさがずっと心に残っててさ。俺も、そんな場所を作れたらって」
結子は、真陽の横顔を見つめた。
「あなたらしい夢ね。素直で、まっすぐで……そんな場所ができたら、きっと多くの人が癒されると思う」
「そう言ってくれると、なんか自信が湧いてくるよ」
ふと、真陽は結子の手が少し震えているのに気づき、自分のコートポケットから手袋を取り出した。
「これ、使えよ。寒いだろ?」
「……ありがとう」
手袋を受け取り、結子は少しだけ微笑んだ。その控えめな笑顔に、真陽の胸が少し熱くなった。
「結子、俺さ、夢を実現させるためにもっと頑張るよ。だけど、その途中で何度もくじけそうになるかもしれない。そんなとき、隣にいてくれたら嬉しい」
「……私が?」
「うん。結子がいると、なんか力が湧いてくるんだ。いつも冷静で、何があっても揺るがないお前がそばにいると、俺もぶれずにいられる気がする」
結子は少し戸惑いながらも、真陽の言葉を真っ直ぐ受け止めた。
「私、自分の意見をうまく伝えられないときがあって、誤解されることが多い。でも、真陽にはどうしてか、自然に話せる。たぶん、それが私にとって特別だから……」
「そっか。なら、俺もお前の隣にいるよ。お互いに支え合って、夢を実現させよう」
「……うん」
夕日が一段と沈みかけ、空が赤く染まっていく。ふたりは、その美しい光景を見つめながら、そっと手を繋いだ。風が少し強まったが、その手の温もりが冷えた指先をじんわりと包んでくれた。
「一緒に、夢を実現させようね」
「もちろん。お前がそばにいてくれたら、どんな挑戦だって乗り越えられる気がする」
——夢の実現。
それは、自分の中にある想いを形にするため、互いに支え合いながら歩き出す、希望に満ちた新しい一歩だった。
(第一一八章 完)