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第一一六章「未来を描くキャンバス」

 青梅市、青梅鉄道公園。夕方の光が少しずつ山の陰に隠れていく中、公園内に静かな時間が流れていた。冬の冷たい空気の中で、かすかに聞こえる電車の音が遠くに響いている。園内の古びた機関車や客車が、かつての賑わいを静かに物語っているようだった。

 理人は、その公園のベンチに座っていた。手にはスケッチブックと鉛筆。しばらく描き続けた線が、どうしても気に入らず、ため息をつきながらページをめくった。彼は「他人に厳しいアドバイスをする」一方で、「争いを嫌う」性格でもあり、自分の感情を率直に表現することを大切にしていた。しかし、その分、他者にどう思われているかを過剰に気にしてしまうことがあった。

 今日は、優子と会う約束をしていた。彼女は「自分の意見をしっかり持つ」強さと、「革新的」でありながら、「他人を頼ることが苦手」な一面を持っている。そんな優子が、ふとした瞬間に見せる柔らかさが、理人にはとても魅力的だった。

「ごめん、待たせた?」

 その声に顔を上げると、優子が立っていた。ダークグリーンのコートを羽織り、髪は少しだけ乱れているが、慌てた様子が彼女らしくて、思わず理人は笑ってしまった。

「いや、ちょうどいいところだったよ。寒くなかったか?」

「うん、大丈夫。電車がちょっと遅れてて……あ、何描いてるの?」

 理人はスケッチブックを閉じかけたが、優子の興味深げな瞳を見て、少し躊躇した。

「まだ途中なんだけど、景色を描こうと思ってさ。うまくいかなくて、ちょっと悩んでた」

「見せてよ。理人の絵、好きだから」

 その言葉に照れながらも、理人はページを開いた。そこには、古びた機関車と冬の空が描かれているが、どこかバランスが悪く、本人も納得できない部分が多かった。

「……なんか、こう、未来を感じさせるような絵にしたかったんだけど、どうも硬いんだよな」

「ううん、私は好きだよ。この機関車、懐かしさと同時に、また動き出しそうな雰囲気がある」

「そうかな……」

 優子はスケッチブックを見つめたまま、しばらく黙っていた。その瞳には、何かを考え込んでいるような光があった。

「理人って、いつも未来を描こうとしてるよね。過去を否定するわけじゃなくて、そこから新しいものを作り出そうとしてる」

「そうかもしれない。過去を残しつつ、新しいものに変えていく。それが俺のやり方なのかも」

「それって、すごく素敵だと思う。私、いつも“今”ばかりに意識がいってて、“これから”を考えるのが苦手だから、少し憧れる」

 理人は、優子の言葉に少し驚きながらも、その正直さが嬉しかった。

「優子は、今を大事にしてるからこそ、輝いて見えるんだよ。俺はどちらかというと、未来に期待をかけすぎて、自分で自分を苦しめることが多くてさ」

「でも、その未来に私を入れてくれてるんだよね?」

「もちろんだよ。お前が隣にいてくれたら、どんな未来でも頑張れるって思える」

 優子は少しだけ顔を赤らめ、冷たい風に揺れる髪を直した。

「……私も、これから先の未来を、理人と一緒に描けたらいいな」

 理人は思わず手を伸ばし、優子の手をそっと包んだ。その温かさが、冷え切った指先をじんわりと和らげてくれる。

「これからも、一緒に未来を描こう。お互いに影響し合って、新しい景色を作っていけたら、それが一番いい」

「うん。私も、あなたとなら、新しい場所にだって進んでいけそうな気がする」

 空には、もうすぐ沈む夕日が赤く輝き、機関車の車体を美しく染めていた。ふたりはその光景を見つめながら、心の中で「未来」を想像していた。

 ——未来を描くキャンバス。

 それは、不器用ながらも自分の思いを重ね合わせたふたりが、これからも一緒に歩んでいくための、確かな約束となった。

(第一一六章 完)

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