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第一一四章「君と歩く初めての道」

 あきる野市、秋川渓谷沿いの遊歩道。冬の寒さが少し和らぎ、澄んだ空気の中に川のせせらぎが響いている。山の木々はすでに葉を落とし、裸の枝が青空に伸びていた。冷たい風が時折吹き抜けるが、その中に春の気配をわずかに感じさせる温かさが混じっている。

 蓮大は、その道の途中で足を止めていた。普段は「他者の成長を支援し、共に喜ぶ」ことを何よりも大切にし、ユーモアを交えた会話で周囲を和ませるタイプだ。しかし、時に「偏見を持ちやすい」一面があり、自分の価値観に固執してしまうこともある。それを自覚しながら、少しずつ変わりたいと努力してきた。

 今日は、美咲子をここに誘っていた。彼女は「現状に満足する」性格で、落ち着いて物事を受け入れるタイプだが、その中に「大胆不敵」な面も持ち合わせており、時には自分の考えを強く押し通すことがある。そんな彼女に、蓮大は少し憧れを抱いていた。

「待たせた?」

 その声に振り向くと、美咲子が立っていた。ライトグレーのコートに、青いマフラーを巻き、手には小さなカゴバッグを持っている。

「いや、俺も今来たとこ」

「またそれ。蓮大って、待つのが得意だよね」

「まあ、待つのも好きなんだ。君が来たら、その分だけ嬉しいから」

「……うまいこと言うね」

 ふたりは並んで歩き出した。渓谷沿いの遊歩道は自然の音が心地よく、街の喧騒とはかけ離れた静けさが広がっている。

「こういう道、歩くの久しぶりだなあ」

「そう?俺はよく来るよ。ここ、気持ちがリセットされる感じがしてさ」

「確かに。川の音がずっと続いてるのがいいね」

 しばらく無言で歩きながら、ふたりは自然と歩幅を合わせた。蓮大はふと、美咲子の横顔を見つめた。いつも飄々としている彼女だが、今日はどこか柔らかい表情をしている。

「ねぇ、蓮大。どうして今日はここに来ようって思ったの?」

「実はさ……最近、自分が少し変わりたいと思ってて」

「変わりたい?」

「ああ。俺って、つい他人の考えを“そうじゃない”って決めつけちゃうことが多くてさ。それがきっかけで、周りとギクシャクすることもあったんだ。でも、美咲子と話してるときだけは、なんか自然に“そういう考えもあるよな”って思える」

「……それ、褒めてるの?」

「もちろん。君といると、自分がもうちょっと柔らかくなれる気がする」

 美咲子は照れたように笑い、蓮大の手を少しだけ引っ張った。

「私も、蓮大といると冒険してる気分になるんだ。普段の私は現状を維持するだけで、あまり新しいことには踏み出さないけど、あなたが一緒だと、“ちょっとやってみようかな”って思える」

「そっか。俺たちって、逆な部分があるんだな。でも、それがバランスを取ってるのかもしれない」

 ふたりは歩き続け、やがて秋川渓谷の吊り橋にたどり着いた。橋の中央で立ち止まり、下を流れる川のきらめきを見下ろす。風が吹き抜け、二人のマフラーがかすかに揺れた。

「ここ、景色がいいね」

「ああ、ここで見る夕日が一番好きなんだ。空がオレンジ色に染まって、川がキラキラ光るんだよ」

 美咲子は、その光景を想像して目を細めた。

「蓮大、これからもこうやって、一緒に新しい場所を歩けたらいいな」

「うん、俺もそう思ってる。君と歩く初めての道が、これからもたくさん増えていけばいい」

「じゃあ、またどこか連れて行ってくれる?」

「もちろん。君が隣にいるなら、どこへでも」

 ふたりは夕日に照らされ、橋の上で立ち尽くした。隣にいるだけで、心が軽くなるような、そんな時間が流れていた。

 ——君と歩く初めての道。

 それは、異なる性格が交わり合い、お互いの違いを受け入れながら、新しい景色を一緒に見つけるための、一歩だった。

(第一一四章 完)

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