第十一章「静かな夜」
青森の街は、冬の澄んだ空気に包まれていた。雪が舞い落ち、街灯の光を優しく反射する。
恭兵は、弘前城の近くにあるカフェの窓際に座り、コーヒーの湯気を眺めていた。
「……そろそろ来る頃か」
カップに口をつけた瞬間、店のドアが開いた。
「遅くなった!」
元気な声とともに、真理が小走りでやってきた。マフラーを外しながら、慌てた様子で席に着く。
「遅いぞ」
「仕方ないでしょ、道が滑るんだから!」
「それならもっと早く出ればよかっただろ」
「うっ……それは正論だけど!」
真理はふくれっ面をしながら、ホットチョコレートを注文した。
「でも、こうやってのんびりカフェで過ごすの、久しぶりだね」
「そうだな」
恭兵は窓の外を見つめた。雪が静かに降り続けている。
「ねぇ、恭兵」
「ん?」
「最近、何か変わったことあった?」
「特にないな」
「相変わらずだねぇ」
真理はカップを手に取り、ふっと息を吐いた。
「でも、こういう時間があるのって、いいよね」
「そうか?」
「うん、なんか、忙しくしてると色々考える時間がなくなっちゃうから」
恭兵はしばらく黙っていたが、やがて小さく頷いた。
「……確かに、静かな夜も悪くないな」
真理は微笑んだ。
「たまにはこうしてのんびりしようよ。何も考えずに、ただゆっくりと」
二人はカップを傾けながら、静かな夜の時間を味わう。
——静かな夜。
それは、言葉がなくても通じ合う、穏やかな時間だった。
(第十一章 完)