表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
101/205

第一〇一章「君との未来を描く夜」

 日野市・高幡不動尊。年末の寒空の下、本堂の灯りがぼんやりと浮かび、参道には風に揺れる提灯の明かりが並んでいた。昼間の喧騒とは打って変わり、夕方六時を過ぎたこの時間帯は参拝客もまばらで、神聖な静けさが境内に漂っていた。

 陽都は境内の石段に立ち、ゆっくりと息を吐いた。手袋越しにポケットの中で握っていたのは、小さなメモ帳だった。そこには、彼がここ数ヶ月、自分に問い続けてきた想いが断片的に綴られている。

 進取の気性を持ち、どんな状況でも冷静に行動することができる彼は、普段なら不安や迷いを顔に出すことはなかった。だが、いま彼の心の中には、“本当の自分を大切にしたい”という思いと、“それを誰かに共有すること”への葛藤が渦巻いていた。

「来てくれて、ありがとう」

 その声に、陽都が振り返ると、悠里が立っていた。黒のロングコートに身を包み、髪を緩くまとめている。彼女は、確かな直感を持ち、誰かの言葉に惑わされることなく、自分で解決するのを好む。そんな強さが、陽都の胸を震わせる存在だった。

「……ここ、変わらないね」

「うん。昔、二人で初詣に来たときも、こんな風に人が少なかった」

「そのとき、あなたが甘酒こぼして、“めっちゃ熱い!”って叫んでたの、まだ覚えてるよ」

 ふたりは思わず笑い合った。境内の隅にある石灯籠の前に腰を下ろし、手を合わせたあと、ゆっくりと話し始めた。

「今日、どうしてここを選んだの?」

「たぶん、ちゃんと向き合える場所だから。自分とも、君とも」

「……何かあったの?」

「自分の未来を考えるようになった。今まではただ動いて、結果を出して、誰かに評価されることばかり気にしてた。でも、ふと気づいたんだ。“君といるときの自分”が一番自然で、本当の俺なんだって」

 悠里は微かに眉を下げた。

「それって、すごく大切なことだと思う。でも、それに気づくのって、簡単じゃなかったよね?」

「うん。君がいてくれたから、気づけたんだよ。俺は、誰よりも冷静に見えて、本当はすごく臆病だった。失うのが怖くて、素直になれなかった。でも今日、君との未来を……ちゃんと描きたくて、ここに来た」

 陽都はメモ帳を開き、そこに書かれた言葉を読み上げた。


 “君との未来を描く夜”

  忙しさの中で忘れかけていた感情。

  何が欲しいかじゃなく、誰と過ごしたいかを問うようになった。

  答えはいつも、君だった。


 悠里はその言葉に、そっと目を閉じた。そして、微笑んだ。

「私ね、公園で親子が楽しそうに遊んでるのを見たとき、ふと思ったの。私も、誰かとこんな時間を共有したいって。隣にいる人と一緒に、小さな幸せを喜びたいって」

 陽都は小さく頷き、隣の彼女の手をそっと握った。

「一緒に描こう、未来を。俺はもう、逃げたりしない。君のそばで、ちゃんと笑っていたい」

「私も。あなたとなら、どんな未来も怖くない。だって、あなたはちゃんと向き合ってくれる人だから」

 ふたりの影が、石灯籠の淡い光に寄り添っていた。

 ——君との未来を描く夜。

 それは、ひとりでは気づけなかった“本当の自分”を、大切な人のまなざしの中に見つけた夜。言葉も光も、すべてがふたりをやさしく包み込んでいた。

(第一〇一章 完)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ