第十章「星降る夜の淡い告白」
青森の夜空には、無数の星が輝いていた。静かな海風が吹き抜ける中、翔太郎は港の防波堤に腰掛け、遠くの漁火を眺めていた。
「……寒いな」
吐く息が白く染まる。青森の冬は厳しく、夜の冷え込みは一層強い。
「翔太郎!」
ふいに名前を呼ばれ、振り向くと、桃音子が駆け寄ってきた。息を弾ませながら、手袋越しにマフラーをぎゅっと握っている。
「悪い、待たせた?」
「いや、俺も今来たところだ」
翔太郎は手をポケットに突っ込みながら立ち上がる。
「こんな寒い夜に呼び出すなんて、何か特別な話でもあるのか?」
「……まあね」
桃音子は視線をそらしながら、ゆっくりと防波堤に寄りかかった。
静かな海と二人
波の音だけが響く中、しばらく二人は無言だった。
「ねぇ、翔太郎」
桃音子がふいに口を開く。「私たち、もうどれくらいの付き合いになるんだっけ?」
「……ん?なんだ急に」
「いいから、答えて」
「……十年くらい、か?」
「そうだね。気づいたら、ずっと一緒にいるよね」
翔太郎は苦笑した。「まぁ、なんだかんだ縁が続いてるな」
「うん……」
桃音子はふっと夜空を見上げる。
「ねぇ、翔太郎」
「ん?」
「もし、今この瞬間に願い事が叶うなら、何を願う?」
翔太郎は少し考えたあと、「特にないな」と答えた。
「えぇ、なんかつまんない」
「願い事ってのは、自分で叶えるもんだろ?」
「それっぽいこと言ってるけど、結局何も考えてないだけでしょ」
翔太郎は肩をすくめた。「かもな」
桃音子はクスッと笑い、それから少しだけ真剣な顔になった。
「私はね……」
「ん?」
「私は、ずっと翔太郎とこうして話していられたらいいなって思う」
翔太郎は驚いたように彼女を見た。
「……それが、お前の願いか?」
「うん。変かな?」
「いや……」
翔太郎は夜空を仰いだ。
星が降るように輝いている。
「……そんな願いなら、俺にも叶えられそうだな」
桃音子は少し目を見開き、それから小さく微笑んだ。
「じゃあ、お願いね」
二人は再び海を眺める。
——星降る夜の淡い告白。
それは、言葉にしなくても伝わる、静かな誓いだった。
(第十章 完)