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攻略キャラは誰1人として例外は無く灰汁が強い。ジュダスの場合は、親交度を深める事によって徐々にその本性が露わになって来る。
最初はほんの些細な事だ。昨日は何処に行った? 何を食べた? 好きな物は何か? 旅行に行くなら何処に行きたい? と、質問が多くなる。
尤も、画面を一杯埋め尽くす程の量なので、この時点で「あ、コイツ、ヤベー奴だ」と言う事は嫌でも理解させられる。
親交度が一定の数値を達し、恋人の関係になればいよいよその本性が明らかになる。
ジュダスは束縛系男子だ。
しかし、その束縛が余りにも酷い。鉄の鎖を全身に巻き付けた後、南京錠でロックして決して自分の元から離れないようにするレベルだ。
一人で外出しようものなら問い詰められ、男子生徒であろうが女子生徒であろうが楽しく談笑した程度でも不機嫌になってしまう。おまけに、常に一緒に居る事を強制させられ、もしもソレを拒めば発狂。
兎にも角にも自分と一緒に居る事を強要する、束縛系クソモラハラ野郎だ。コレって本当に束縛系と言えるのか?
こんな状態でも親交度は上げる事が出来る。上げれば更に深みは増していき、手に負えなくなってしまう。
エンディングでは、アリサは鳥籠の中に囚われてしまう。
自分の元から離れる事を嫌い、アリサに降りかかる脅威を考慮して……とか何とか言っているが、完全に監禁だ。相手が法を司る側じゃ無ければ、確実に御用になってる案件だ。
普通なら取り乱すなり「ここから出してよ!」と叫ぶ所だが、流石は『狂い咲く彩華』の主人公。にこやかに微笑みながら鳥籠暮らしを満喫すると言うのだから、頭のネジが数本抜けて居る。
(うん。改めて思い返してみると、色々とヤバいな)
アリサの頭の中は、この世界で数年生きて来たアリサと言う少女の記憶と、前世で十数年生きた記憶の2つが混ざり合っている。
結果、本来は知る事の出来ない原作知識を知ることが出来た上、デフォルトでクレイジーなアリサの思考にも多少の修正が施されている。
感性がやや男性寄りなのは些末な問題だろう。
問題なのは、彼女がアリサだと言う事。
束縛系レベル100の王子様に監禁されても、新しく引っ越しを行ったような感覚で順応するクレイジーさ。尤も、ソレはほんの一端。彼女のクレイジーさを挙げれば両手の指だけでは数えきれない。
人として大切な何かが欠落している。
そして、それを他でも無い自分自身が自覚している。
アリサが持つ狂気は、果たして切り札になるのか。はたまた、自分自身を苦しめる為の枷となるのか。慎重な見極めが……。
「おい、大丈夫か?」
ジュダスに声を掛けられ、意識がハッとする。
どうやら考え事に集中してしまっていたらしい。
「も、申し訳ございません。この飲み物は初めて飲んだのですが、余りにも美味しかったので、少し意識が……」
「そうなのか? 君が平民と言う話は聞いていたが、まさか紅茶を飲む文化が無かったなんてな。……これは少々驚きだ」
飲む文化が無かったのでは無く、お金が無いから飲む事が出来なかったんだよ。
思わず叫びたくなるのを我慢して、アリサはティーカップに残った紅茶に口を付ける。当たり障りのない笑顔も忘れずに。
「……話は変わりますが、何故殿下は私を誘ってくれたのですか?」
「君が覚えているか分からないが、講堂へ向かう途中に、君が俺を飛び越えた事が理由の一つ」
どうやら覚えていたらしい。
「気づいていなかったとは言え、大変申し訳ございませんでした。どんな罰でも受けるつもりです」
頭を下げる謝罪する。
そんなアリサを止めるように手を付き出すジュダス。
「理由の一つだと言っただろう? 何も、たったそれだけで君に声を掛けた訳じゃ無い。もう一つの理由はコレだ」
ジュダスが懐から取り出したのは、一枚のハンカチ。
お世辞にも奇麗とは言えず、所々に縫い目が見られる。長い間使用し続けてきたせいか、幾つもの汚れが目立つ。
王子様のような高貴な身分の者が持っていい物ではない。
「これは、私のハンカチですね。まさか殿下が拾ってくれたのですか?」
「ああ。君が俺の頭上を飛び越えた時、ポケットからポロッとね。直ぐに返そうと思ったんだが、気付いた時君は既に何処にも居なくてね」
「それは、重ね重ね本当に申し訳ありません」
何処に失くしてしまったのだろう、とは思っていたがまさかジュダスが持っていたとは。孤児院の時代が使い続けてきた、それなりに思いでのある品だ。
失くしてしまっても特に問題は無いが、やっぱり戻って来てくれるのは嬉しい。
尤も、この程度のジュダスに対する好感度は上がったりしないのだが。きっと、コレから先何があったとしても0のままだろう。
もしかすると、0よりも更に下。マイナスまで到達しているかも知れない。
「さっき、どんな罰でも受けると言っていたな」
「はい。二言はありません。例え、どのような罰だったとしても……」
「だったら、聞きたかったことがあるんだ。あの時、俺の頭を飛び越えたが、アレは一体何を使ったんだ? 案外、種は簡単なのかもしれないし、単純かもしれない。それでも俺は知りたいんだ」
ジュダスは一見すると、常に余裕がある大人な男性と言った印象が強い。しかし、その実好奇心は人一倍強かったりする。
下手な誤魔化しは通用しないだろう。
「ソレで宜しいのですか? 何故、ああなってしまったのか。その理由を説明する程度で有れば、幾らでも構いませんが……」
「何。別に気にして等いない。確かに、ぶつかったと思った瞬間に頭を飛び越えられたのは驚いたが、良い物も見させて貰ったからな」
「……良い物?」
「いや、何でも無い。……それで、教えてくれるのかな?」
「分かりました」
アリサは説明を行う。
とはいえ、そこまで長くはない。
「昨日は寝坊してしまったので、何とか入学式に間に合わせる為に速度上昇の支援魔法をかけていました。なので、殿下を楽々と飛び越えることが出来ました」
「成程。やはり俺の予想通りだったか。しかし、あれだけの速度と言い、あれだけの持続時間といい、君は魔法の練度が中々に高いのでは無いか?」
「いえ、そこまでは高くありません。私は平民ですから」
注文した品が届く。
「お待たせいたしました。此方が注文されたお品でございます」
「おお。ようやく来た……か」
やって来た数人の店員。手には、配膳用のカートが数台。置き場所は全部で3か所あり、それぞれに注文された品が並んでいる。
ジュダスが注文したのはたった一つ。
残りは全てアリサが注文したものだ。
「……本当にコレを全部食べるのか?」
「はい。成長期ですから」
「そうか、成長期なのか……」
全部食べられる。
余裕だ。