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結局、案山子が古かったから破損してしまった、と言う事で事件は集束した。恐らく、講師側も何が起こったのか上手く理解出来ていなかったのだろう。
学校生活2日目にして、早々にやらかしてしまった訳だが、まだ挽回は出来る。……挽回する事は出来る、筈だ。
時間は過ぎ、昼休み。
昼食の時間だ。
前世は食文化が発展しており、多種多様な種類の食べ物を食べる事が出来た。だが、この世界では違う。
どれもこれも微妙で、お世辞にも美味しいとは言えない。
「唯一の救いは、学院の食事は美味しいって所か?」
ルミナス学院での食事の方法は2つに分けられる。
1つは自宅から持って来た者を食べる。
もう1つは学食を利用する事。
開放感を重視してか、食堂のスペースは広い。
出入口に用意されたメニューを見て、何を注文するのか決める。壁側に面した窓口にて、食べたい品を注文した後、適当な席に座って待っていれば、係の人が注文して来た物を持って来る。
流石は貴族が通う事を想定して作られた学校。
食堂の見た目は良いし、サービス面も充実している。
「只、唯一のネックは値段が高いと言う事。……マジで値段が高い」
自前で昼食を用意する、と言う選択はない。
生憎、アリサは料理がそこまで上手ではないのだ。出来る事は、煮たり焼いたり炒めたり。単純な調理法のみ。
「高いけど仕方がない。……これは必要経費。そう、必要経費だから」
因みにこの世界の通貨はゴールドだ。
既に覚悟は決めた筈だが、やっぱり踏ん切りがつかない。
コレが貧乏性の弊害か……!
「もしかして、何か困っているのか?」
「いえ、そう言う訳では無いのですが……」
曖昧に返答しながら、声を掛けてきた人物を確認。
思わず目を見開く。
アリサの目の前に居るのは金色の髪に、世の女性を虜にしてしまうような甘いマスクの青年。入学式では新入生代表も務めたジュダス・フィリップ・リア・ハルフォード。
この国の王子にして、攻略キャラの1人。
ジュダスの来訪によって、周りが騒然とする。
「もしかして、料理が高すぎて悩んでいたのか? 仮にそうだったとしたら、俺が君に料理をご馳走しようか?」
「…………え?」
願ってもみない提案。
無料で食べられるご飯よりも美味しい物はない。ましてや、振舞ってくれる相手はこの国王子様にして攻略キャラ。その上、振舞ってくれる料理は貴族用の高級料理。
本来で有れば結構です! と即答するべきだった。
だが、沢山の注目が集まる中、この国の王子様からの誘いを断ればどうなるのか分からない。少なくとも、角は立つだろう。
無料の飯も惜しい。
(クッ! なんて卑劣な! まさか、ほんの僅かなやり取りだけで僕の退路を塞ぐなんて! 流石は悪名高き攻略キャラの1人と言う訳か!)
コレでジュダスの要求を呑む以外に道が無くなった。
仕方がない。今回の所はジュダスの要求を呑む事にしよう。決して、料理を奢ってくれたからついて行った訳では無い。
「宜しいのでしょうか? 私の様な者が、殿下と一緒に食事など……」
「そんなつまらない事は気にするな。と言うより、殿下と呼ぶのもやめてくれ。ここでは俺も一生徒だ。それに同級生なんだから、ジュダスと呼んでくれ」
ジュダス呼びに変えると好感度が上がる。
論外だ。
「いけません。殿下。例えどの様な場所であろうとも、貴方様は王族であり、私は平民です。殿下が許しも、周囲は許してくれないでしょう。どうかお許しを。そのように気安い言葉を使う事は、私には出来ません」
「……そうか。そうなら、仕方がない」
若干不満そうにしながらも、アリサの言葉を受け入れるジュダス。
「それじゃあ早速向かうか」
ジュダスに連れられる形で向かったのは食堂のテラス席。外の景色を楽しむ事が出来るが、王族専用と言う暗黙の了解が存在している。
気軽に座るジュダスに対して、恐る恐る席に着くアリサ。
昼食の誘いに乗ったのは間違いだったかもしれない。
「ご注文をお伺いします」
やって来たスタッフが二枚のメニューを、それぞれに渡す。平民であるアリサに対しても物腰柔らかな態度。プロの風格を感じる。
「それじゃあ俺はコレにしようか」
「私は、ここからここまでお願いします」
ジュダスはメニュー表の内の1つを注文。
対するアリサはメニュー表の端から端まで、指でなぞって注文する。
本来で有れば、あり得ない注文。しかし、奢ってくれる相手は攻略キャラ。アリサの懐は痛まない上に、アリサに対する好感度は下がる。
実行しない手は無い。
ジュダスは僅かに困惑する様子を見せるが、スタッフは全く動じない。
「かしこまりました」と恭しく一礼し、その場を去る。
「いや、ご馳走するつもりだったから全然構わないのだが……本当に全部食べる事が出来るのか? 失礼だが、全部食べる途中で君のお腹が破裂してしまうんじゃないのか?」
「問題ありません。殿下。私は成長期なので」
理由は出鱈目だが、実際に可能だ。
アリサは大食いなのだ。
「な、成程。そうだったか。だとすれば、もしかすると失礼な事を聞いてしまったか?」
「いいえ。殿下。気にしないで下さい」
紅茶も用意されている。
王族が座っているからこそ、隙の無いもてなしなのかもしれないが、それでも驚嘆せずにはいられない。
紅茶など今世では初めて飲む飲み物だが、ペットボトルに入っていた品とは異なり、妙に高貴な味がする。寧ろ、高貴な味しかしなくて感想に困ってしまう。
(問題は、アイツがどうして僕を誘ったのか、だ。やっぱり考えられるのは、入学式へ向かう途中で頭を飛び越えてしまったから? ……いや、普通に不敬だから怒るのも仕方がないと言えば仕方が無いけど……今はまだ序盤だからな。やや考えにくい)
目の前に居るのはジュダス・フィリップ・リア・ハルフォード。この国の王子にして『狂い咲く彩華』の攻略キャラの1人だ。