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乙女ゲームのTS主人公は攻略なんてしたくない  作者: 鯖鮪
2章 ままならない現実
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6

 寮に戻った後、クマアから衝撃的な話を聞かされた。


「……は? それって、マジで?」

「事実らしいですね。実際に、出回っていると言う話も聞きましたし」

「嘘だろぉ!?」


 アリサを苦しめていた『白の聖女』の噂。

 只の噂話でさえもアリサを苦しめる劇薬と化していたが、今度は破廉恥な衣装を身に纏う『白の聖女』がイラスト化され、しかも寮内――ひいては学院中に流布されてしまっているらしい。


 悪夢以外の何者でもない。

 事実を認めたくなかったアリサは、絶叫しながら窓をぶち破ってしまうのだった。

 尚、当然の事ながら怒られた。




 噂のみであれば時間経過によって忘れ去られていく。

 だが、イラストや小説――その噂を形に落とし込んでしまえば、人々は件の噂を忘れ辛くなってしまう。『白の聖女』が破廉恥な衣装を身に纏い、魔王崇拝者達を倒した、と言う噂が。


 最悪の場合は、至上稀に見る不名誉な形で『白の聖女』の功績が語り継がれていく可能性だってゼロでは無い。

 考えれば考える程、最悪の状況が脳裏を過ってしまい思わず発狂せずにはいられない。このままでは自分の頭を壁に打ち付ける日も遠くは無い。


「……うぼァ」

「アリサ様。淑女が出してはいけない声と、顔をしていますよ。もう少し、凛とした表情と凛とした声を出して下さい」


「別にぃ、良いだろぉ。ここは僕の部屋なんだから、僕が何をしようと僕の勝手なんだ! ……でも外に出てしまえば僕の権力なんて無意味に終わってしまう。畜生……力が、欲しい! あんな、破廉恥な物を一掃する事の出来る力さえあれば!」


 ちからと書いて権力。

 怨嗟の声を漏らすアリサ。

 クマアは「またこの人、同じような事を言ってるよ」とでも言いたげな、呆れた視線を向けている。


「お願いですから、窓をぶち破ったり、奇声を発する――と言った奇行は止めて下さいよ。特待生は只でさえ目を付けられやすいんですから」

「今! 寮内で出回っている! 変なイラストが無くなったら! 考えるよ!」

「……難しいと思いますが」


 難しいとか言うんじゃねえ!

 本来であれば退寮になってもおかしくない事をしでかしたのだが、事情を説明した所、同情の余地があるという事で許された。


 アリサの他にも『白の聖女』の破廉恥なイラストがばら撒かれている状況に対して、良くない印象を持っている者は少なくないのだろう。


「分からないじゃん! もしかしたら、室内の抜き打ちチェックを行って、部屋の中に密かに隠し持ってる変なイラストを取り上げてくれるかもしれないじゃん!」


「アリサ様の部屋の惨状は余り人様には見られたくない状態なので、出来れば来客の類は来て欲しく無いのですが。実際の所、難しいと思いますよ。出回った瞬間、直ぐに対処する事が出来れば被害は最小限で済みますが、既にそれなりに時間が経過してしまっていますから。……何方かと言えば、私はアリサ様が『白の聖女』を信仰している事に対して驚いています」


「どうしてだよ! 信仰の自由は誰にだってあるだろ!」


 尤も、本当に信仰している訳ではない。

 アリサは信仰する側ではなく、信仰される側なのだ。

 一応今代の『白の聖女』なので。


「……うぅ。本当にどうしよう。このままだと大変な事になっちゃう。いっその事、取り締まりを……或いは、爆破させて全てを……!」


「アリサ様? 言っておきますが、強硬手段に出るのは止めて下さいよ? 今回は反省文と言う形でお咎めなしでしたが、次はどうなるか分からないんですから。と言うか、爆破ってなんですか? 爆破って。そんな事を考えている暇があるなら、早く提出課題である反省文の方を……」


「話は聞かせて貰ったわ!」


 勢いよく扉が開け放たれる。

 現れるのはカミーラ。

 尚、防犯の為にしっかりと鍵は掛けていた。


「カミーラさん!?」


 突然の来訪者。

 慌てて飛び起き、ベッドを椅子代わりにして座る。

 外面を取り繕う。


「……カミーラ様。突然の来訪は、アリサ様にとっても迷惑になられてしまいます。出来る事なら、何かしら1報を。或いは、入室の際にノックを行って下さい。後、ちゃんと鍵は掛けていた筈ですが、どうして扉を開ける事が出来たんですか?」


「カミーラさん。……その、話は聞かせて貰った、と言っていましたが一体何処まで聞いていたのでしょうか?」


 話は聞かせてもらった、と言う事は、アリサの素がバレてしまったと言う可能性だって有り得る。

 だからこそ、アリサは恐る恐る聞く。


「え? 特に意味は無いわよ? 単に言いたかっただけ」


 思わずズッコケてしまいそうになる。

 途轍もなく紛らわしい。


「そうですか。……それは兎も角として、今日私の部屋に来た御用件は何なのですか?」


 暫く間を空け、意を決したようにカミーラは言う。


「お姉さま。私達と一緒に、夜の学院に忍びこまないかしら? 所謂、肝試しって言う奴を行いたいのだけれど」

「え? 嫌、ですけど……」




 肝試し。夜の学校。

 この二つが揃った時点で、アリサとしては絶対に行きたくなかった。

 ましてや、ここは剣と魔法の世界。


 前世では只の作り話だったとしても、今世では本物の可能性が極めて高い。呪いとか、幽霊とか、化け物とか。

 行きたくない要素が盛りだくさんだ。


「……とか何とか言っておきながら、結局ついて来てしまった自分が恨めしい」


 最初は毅然とした態度で断るつもりだったが、向こうの方が上手だった。

 アリサが何をしても了承してくれない、と言うのを悟ったのだろう。カミーラは伯爵令嬢と言う誇りすらも投げ捨て、その場で駄々をこね始めた。


 その姿はさながら欲しいおもちゃを買って貰えなかった子供の様で、アリサを大いにドン引きさせた。

 結果として、アリサは肝試しに向かう事を了承してしまったのだから、カミーラの作戦勝ちと言って良いだろう。


「……しかし、大丈夫なのですか? 門限を過ぎた後の外出は、バレてしまうと重い罰則が課せられてしまいますが。そもそも、夜に学院に忍び込む事自体が褒められた行為ではありませんし、此方もバレればどうなるのか分かりませんよ」


 当然のように、クマアも肝試しのメンバーに加えている。

 本人は不服そうだったが。


「あら? クマア。貴方、私が誰だか分からないのかしら? エヴァルドレドッ家の威光を使えば、その程度の事柄は簡単にもみ消す事が出来てしまう」

「…不正、と言う事ですか?」

「人聞きが悪いわね。私は只、自分の出来る範囲で出来る事をしたまでよ? 尤も、今回使ったのは私の力では無く家の威光な訳だけど……いずれは私の物になる訳だし、何も問題は無いわよ」


 クスリ、と笑うカミーラ。

 その姿は歳不相応で、少なくとも、少し前に子供の様に駄々をこねていたとは思えない。

 こうして、アリサ達は学院にて肝試しを行う事が決定した。メンバーはアリサ、カミーラ、アイン、マイン、クマアの5人だ。


「そう言えば、他に取り巻きの方は連れて来なかったんですか?」

「断られてしまったのよね。付いて来てくれたのは、アインとマインの2人だけ」


「私達も本意じゃないですが」

「脅されたので、仕方なく……ですね」

「取り巻きとは一体……」


 アリサ達が住む寮は学院の敷地内。

 学院までの道のりは遠くない。


 固く閉ざされた鉄の門であったとしても、権力と言う名の威光には弱い。自身が持つ権力を存分に活用し、守衛に門を開けさせたカミーラ。

 校舎内は、何処もかしこも鍵を掛けられているものの、予め入り口を開ける為の鍵は用意してある。実に用意周到だ。


「肝試しって、何をするんでしたっけ?」

「……アリサ様。カミーラ様の話を聞いていなかったんですか?」


「構わないわよ。お姉さまからのお願いとあれば、何回だって説明してあげるわ!」

「いえ、一回だけで大丈夫です」


 カミーラの話によると、ルミナス学院にも七不思議が存在している。今回の目的は、件の七不思議の真偽を確かめる事。

 堂々と、正面玄関から中に入る。

 学院内は無人。朝方は登校してくる生徒で賑わっているが、夜中の玄関はシンと静まり返っている。


「さて。七不思議は読んで字の如く、七つある訳だけど、ここに行きたいと言うリクエストとかあるかしら? 私自身は、別に何処から言っても良いのだけれど」


 アリサもカミーラとは同意見だ。

 強いて言うのであれば、


「やっぱり近い場所から見て回るのが良いんじゃないですか?」

「それもそうですね。いちいち遠回りしてしまうのは手間ですし、効率的に見て回った方が良いと思います」


 アリサの言葉に全員が同意を示す。

 かくして、正面玄関から比較的近い場所に存在する七不思議の一つに向かう。どう言った七不思議なのかは、道中でカミーラが教えてくれた。


「今から私達が向かうのは、今はもう使われなくなった空き教室。そこではね、夜な夜な奇妙な笑い声が聞こえてくる――って言う噂なの。その笑い声が一体何なのか? 詳しい話は誰も知らないけれど、噂によると、その空き教室で命を絶った生徒が今も尚、不甲斐ない自分を嘲笑っているんだとか」

「……な、成程」


 この世界は剣と魔法のファンタジーだ。

 魔法使いは存在しているし、魔物は存在するし、『魔王』だって存在する。当然ながら、幽霊の類だって存在している事だろう。


 皆で一緒に居れば怖くない。

 そう思っていた。

 それが只の思い込みだった、と言う事に気付いたのは、七不思議の一つ目に到着した時。


 心臓の鼓動がやけに五月蠅い。

 普段は落ち着いて呼吸している筈なのに、今は妙に息が荒い。

 些細な物音に、ビクリと体を震わせてしまう。


「さて。それじゃあお姉さま。お願い出来るかしら?」

「うぇ!? わ、私ですか!? カミーラさんでは無く!?」


「私でも良いのだけれど、一番始めはお姉さまに譲りたいの。やっぱり、試合開始の合図的な感じ? こう、やるぞ! みたいな勢いが欲しいのよね」

「すみません。何を言っているのか良く分かりません」


 視線が背中に集まる中、アリサは意を決して扉を開く。


「ええい。ままよ……!」


 耳に届く、気持ちの悪い笑い声。

 しかし、空き教室の内部は思っていたよりも明るい。

 少なくともホラーな雰囲気は感じられない。


「……こ、これは!?」


 ふと目に付いたとある机。

 机の上に積み上がっていたのは、最近学院中でばら撒かれている『白の聖女』が破廉恥な衣装を身に纏ったイラストであった。

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