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「……なぁ。僕、今日は学校に行きたくないんだけど」
世話役のメイドに起こされる形で、強制的に目を覚ましたアリサ。茶色の髪はボサボサになっており、女子力の「じ」の字すらも存在しない。
余りにも怠け者すぎる発言に、僅かに顔を顰めるのは1人の少女。
黒色の髪はおかっぱヘアーに切り揃えられ、クールな印象が強い容姿。
身に纏うのは、シックでモダンなデザインのメイド服。
彼女こそが、アリサの世話役のメイドであるクマア。
身の世話の殆どを彼女がこなしている為、彼女が居なくなってしまえばアリサの身だしなみは壊滅的になってしまう上、毎日の遅刻は確実。
おまけに部屋は目もあてられない惨状へと変わってしまう為、一家に1人は欠かせない万能メイドだ。
「何を馬鹿な事を言ってるんですか。学生の本分は学ぶ事。ソレすらも放棄してしまえば、アリサ様は只の怠け者に成り果ててしまいますよ。……いえ、ソレは今もでしたか」
「五月蠅い。僕が悪いんじゃない。このベッドが悪いんだよ! 例え、どれだけ僕が起きたいと願っても、コイツは僕を布団の中へと引きずり込んでしまう。だからコレは仕方がない事で……取り敢えず、もうひと眠り……グゥ」
「…………」
どさくさに紛れて二度寝をかまそうとするアリサ。クマアは僅かにはみ出した足を引っ張って、半ば無理矢理布団から引きずり出す。
「馬鹿な事を言わないで下さい。時間は余り無いのですから、急いで支度を」
「……でもさぁ。本当に行きたくないんだよ」
「でも、ではありません。大体、アリサ様が学校に行かなければ、私が怒られてしまうんですよ?」
如何やらクマアの説得は難しいようだ。
しかし、何も布団の魔性に抗いたくないから、と言うだけがアリサが学校へ行くのを渋る理由ではない。
何方にしても説得は不可能。
アリサは自身の通う学校――ルミナス学院へ向かう他に選択肢はないらしい。
髪を整えて貰い、お下げに結ぶ。寝間着から学院の制服へと着替える。伊達である大きな丸眼鏡を付ければ、優等生(風)アリサの完成だ。
授業に使う必要な教科書やら何やらを鞄に詰め込めば、学院へ向かう準備はバッチリ。不本意ではあるが。
「そんな顔をしても駄目です。ほら、さっさと行って下さい」
「主の要望を可能な限り叶えるのがメイドじゃ無いの?」
「申し訳ありませんが、私の力をもってしてもアリサ様の願いを叶う事は難しいようです。と言う訳で、さあ、行って来て下さい」
背中を押されて寮室を追い出されてしまう。
ルミナス学院。ひいては、ルミナス学生寮に住まう生徒の大半は貴族。しかし、アリサは貴族では無く、優秀な成績を収めて特待生――と言う扱いでこの学院に入学して来た。
貴族の住む寮室と比べればやや狭いのも特待生の特権出し、平民と陰口を叩かれるのも特待生の特権だ。
全くもって嬉しくない。
学院に賄賂でも渡していれば、少しは待遇も良くなっていたのだろうか?
「おはようございます! お姉さま!」
外に出ると扉の前で待ち構えていたのは1人の同級生。
アリサは自分の素を隠し、丁寧に接する。
「お、おはようございます。カミーラさん。……その、差し支えなければ何時から私の扉の前で待っていたのか教えて欲しいのですが……」
「……何時から? フッ、そんな事、覚えていないわね! 何故なら、お姉様と出会った時の事を考えていたら一瞬だったもの!」
「そ、そう……ですか」
銀色の髪に、特徴的なツインドリル。
容姿は美しいものの、何処か冷酷さも垣間見える。
彼女の名前はカミーラ。
正式な名称は、カミーラ・フォン・エヴァルドレッドと言い、れっきとした貴族だ。実家が伯爵家である為、伯爵令嬢。
本来で有れば、平民であるアリサは話をする事も出来ない、雲の上の存在だ。しかし、とある出来事を切っ掛けに、今では友人と呼べる間柄だ。
「毎度毎度の事ながら、カミーラ様が申し訳ありません」
「因みに、私達が来る前から待っていました」
そんなカミーラの傍にいるのは、彼女の取り巻きである、アインとマイン。アインは桃色の髪を右側にサイドテールに結んでおり、マインは緑色の髪を左側にサイドテールに結んでいる、何方も容姿が瓜二つの姉妹。
此方もカミーラの伯爵家から格は落ち、男爵家ではあるが立派な貴族様だ。
低級の迷宮へと赴く校外実習を経て仲良くなった。
「いえ、慣れているので問題が無い……と言う訳じゃありませんが、今度からは時間や待ち合わせ場所を決めて一緒に学院に向かいませんか?」
「それは! お姉さまからのお誘い、と言う事で! 良いのね!」
圧が凄まじい。
「……まあ、はい」
これこそが、アリサの日常風景。
悪くはない物の、決してこんな毎日を望んでいた訳では無い。アリサが本来望んでいたのは、波風の立たない平穏な学園生活。
間違っても、どこぞのガールズコメディーな漫画に出て来る主人公では無い。
「……いや、主人公と言う点では間違ってないけど」
自意識過剰や、中二病の類では無い。
実際にアリサは主人公なのだ。
彼女が通う、ルミナス学院を舞台にした乙女ゲーム。
『狂い咲く彩華』の主人公として。
尤も、彼女と結ばれる候補である四人の攻略キャラは、どいつもこいつも論外。誰とも結ばれる気は無い為、目立たずに日々を送りたいのだが……結果は見ての通り。
入学前に組んでいたチャートはもはや息をしておらず、決して関わるまいとしていた攻略キャラとは関りを持ってしまう始末。
ガッデム。
どうやら、運命はアリサの敵らしい。
「そう言えばお姉さま、聞いたかしら?」
「え? 一体、何がですか?」
学院へと向かう道中、カミーラが話を振って来る。
「悪しき『魔王崇拝者』達をぶちのめした『白の聖女』様の噂よ!」
「……あ、ああ。『白の聖女』様の話ですね。え、ええ。知ってますよ」
――白の聖女。
ソレはこの世界における救世主と呼ばれる存在だ。
世界の征服を目論む『魔王』の手から人々を救う存在。
ソレこそが『白の聖女』だ。
彼女しか『魔王』を倒す事が出来ず、『魔王』から人々と世界を守る事が出来ない。正に、救世主と呼ぶに相応しい存在だ。
「凄いわよね! まさか、たった一人で『魔王崇拝者』達をぶちのめしてしまう何て! ……それだけに、どうして『白の聖女』様は『魔王崇拝者』達を倒していた時、破廉恥な衣装を身に纏っていたのかしら?」
アリサは盛大にむせた。
「お、お姉さま!? 大丈夫かしら!?」
「……いえ、大丈夫ですよ。何も、問題なんて在りません。『白の聖女』様が、破廉恥な衣装を身に纏って『魔王崇拝者』達を撃退した、と言う事実に対して一ミリも動揺なんてしていませんよ」
「滅茶苦茶動揺してますが」
「目に見えて、狼狽えていますが」
「こら! お姉さまは必死に隠したがっているのだから指摘しない! ……で、でも! 私は良いと思うわよ? 破廉恥な衣装。だって、敵の目を釘付けに出来ると思うし」
アリサはまたもや激しくむせてしまう。
息苦しいが、それ以上に羞恥心が半端ではない。
いっその事、今この場で命を断ってしまいたい位だ。勿論、まだまだ死にたくはないので、あくまで比喩なのだが。
何を隠そうアリサこそが『白の聖女』なのだ。
つまり、乙女ゲームの主人公として攻略キャラ達をあしらいつつ、いずれ来たる脅威から世界を守らなければいけない。
どう考えてもハード過ぎる。
おまけに『白の聖女』の活動の一環として行った善行の結果が、自身の痴態が周囲に知れ渡ると言う恥辱。
何だコレ、罰ゲームか?
「……いえ。本当に大丈夫です。たまたま咳が出てしまっただけなので、全然気にしないで下さい」
「そ、そう? それなら良いのだけれど……体調が悪ければ無理をしないで。お姉さま」
この体調の悪さは、流布されている『白の聖女』に関する噂が消えない限り、ずっと残り続ける事だろう。
(畜生! あの時、持ってきた洋服を間違えてしまったばっかりに!)
そして、アリサに対して甲斐甲斐しく世話をしているカミーラも加害者の一人だ。何せ、彼女がバニースーツをアリサに送って来たからこそ、こんな事態になっているのだから。




