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「ほら、さっさと歩いてくれますか? 貴方の歩みが遅いと、件の孤児院に到着する頃には夜になってもおかしくはないですよ」


「……アンタが俺を助けてくれた事には感謝してるけどさ、もう少し労わってくれないか? まだ、恐い女の人に受けた傷が痛むんだよ」


「別に助けてませんよ」

「…………へ?」


 呆けた表情でアリサを見る少年。

 アリサは説明を行う。


「単にカミーラさんの手による私刑を中断しただけであって、別に貴方がした事が許された訳では無いので。ほら、早く進んで下さい」


 許された訳では無い。

 今の今まで有耶無耶になったと勘違いしていた少年は青い顔をしていた。

 それでも案内役を放棄しなかったのは、孤児院を大切に思っているからか。


「カミーラさんと、クマアは付いて来る必要は無いんですよ?」


「何を言うのかしら? 今日は、お姉さまと一緒にお出かけをする為に誘ったのよ? お姉さまが居なかったら意味無いじゃ無い」


「それに、誰かに襲われそうになってもアリサ様が守ってくれるじゃ無いですか。一応、私も自衛手段は持っていますが」


 懐から短剣を見せるクマア。

 まあ、クマアが言った通り、何かあればアリサが対処すれば良い話だ。2人も、スリの少年の案内について来る。


 次第に悪くなっていく道。

 目に付く汚れが気になったり、柄の悪い住人が気になったりしてしまったものの、ようやく目的に辿り着く事が出来た。


「ここが俺達の家だ」


 端的に言えば、ソレは古びた教会だった。




 教会は廃墟だった。

 壁は黄ばみ、窓は至る所が割れ、ステンドグラスは壊れてしまっている。


「あそこが孤児院ですか?」

「ああ。そうだよ。何か文句でもあるのか?」

「いいえ。特に文句はありませんよ」


 アリサが住んでいた孤児院はやや人里から離れた場所と言う事もあり、治安面についてはそこまで悪く無かった。

 時々野生の獣や魔物が現れる事も有ったが、ここよりはマシだろう。


 だが、この孤児院は違う。

 王都は途轍もない賑わいを見せている。しかし、ソレによって齎された利益が全て平等に分配される訳では無く、何処かでしわ寄せが来てしまう。


 しわ寄せの来る場所こそが、ここら一帯。

 治安は最悪。住んでいる住民は思いやりの「お」の字も無く、常に自分の事を第一に考えて生きている。


 そんな中、行き場の無い子供達に居場所を与える、なんて思いやりに溢れた取り組みを行う者は変人奇人に分類されるだろう。

 ましてや、今もこうして孤児院は運営されている。


 スリの少年曰く、孤児院の経営が不安定なのかもしれないが、それでも現に今の今まで運営する事が出来た。

 凄い事である。


「……言っとくけど、院長先生に手荒な事をするんじゃねえぞ」

「する訳が無いでしょう? 貴方は私達を一体何だと思っているんですか?」

「子供に対して暴力を振るう大人げない集団」


 カミーラが少年の頭を殴る。

 ポカッ、と可愛らしい擬音では無い。ゴッ、と本気で殴った鈍い音が聞こえた。


 孤児院の入り口である両開きの扉を押すと、木が軋むような音と共に扉がゆっくり開く。

 みすぼらしい外観とは裏腹に、教会の室内は整えられている。所々、汚れが見られるものの、清掃は行き届いている。


 教会の一番奥。

 壇上には、歳を取った女性が立っている。

 格好こそ教会には似つかわしくないものの、恐らくは彼女がこの孤児院を運営する院長なのだろう。


「おや、来客でしょうか?」

「初めまして。この度は、御宅が育てているクソガキの1人に不埒な行為を働かれそうになったので文句を言いに来ました」


 朗らかな笑みを浮かべていた院長の顔が、引き攣った笑みに変わる。


「そ、それは……その。何と言うべきなのでしょうか……本当に、大変申し訳ございませんでした! 勿論、この程度で許されるとは思っていません! ですが、どうか! どうかお許しを!」


 土下座をして、謝罪する院長。

 アリサは改めて教会内を見回す。

 孤児院に入って来てからずっと違和感を覚えていた。少年はスリを行う理由に、孤児院を助けたいからと言った。


 大方、経営状態が傾いてしまったが為に、そのような犯罪行為に手を出していたのか? と思っていたが、見た所、孤児院が困窮している風には見えない。


 困窮している者は、例えどれだけ平静を装っていたとしても何処かでボロが出る。ソレは建物も同じだ。寧ろ、物言わぬ存在だからこそ、自分達がどう言う現状なのか? 如実に語ってくれる事だろう。

 だが、この孤児院には余裕がある。


(あの少年が口から出任せを言った? だけど、あの時語った言葉は如何にも嘘のようには思えない。だとすると、もっと別の方面に対しての危機?)


 アリサが考え事をしていると、カミーラが前に出る。


「貴方が謝罪しても意味が無いでしょう? ほら、アンタよ。アンタ。そもそも、アンタがこんな事をしなければここまで面倒な事態に発展しなかったのでしょう? ほら、さっさとアンタも謝罪しなさい。どうせスリを行う理由も嘘だったんでしょ?」


「なっ⁉ 俺はさっき謝ったじゃねえか! それに、あの理由は嘘じゃ無い! 本当にこの孤児院は危なっ……もがっ!」


 何かを喚き散らそうとする少年だったが、院長の手によって無理矢理頭を下げらされる。勢いが強すぎたせいで、そのまま床に強く頭を打ってしまう。

 そんな2人を見て満足そうに頷くカミーラ。

 クマアはドン引きしていた。


 混沌とした状況ではあったものの、如何やら話はついた。本来であれば少年に対して私刑を行うつもりだったが、院長の土下座に免じて私刑を無しにした。

 その代わりに、


「アンタ、私にここを案内しなさい」

「はぁ⁉ どうして俺がそんな事を……! もがっ」


 文句を口にしようとする少年。

 カミーラは片手で少年の両頬を挟み込む。うすら寒い笑みを浮かべながら、不出来な生徒に教える教師のようにゆっくりと話す。


「アンタ、自分の置かれている立場を理解してないわよね? 良い? 別にアンタをぶちのめそうとしたら出来たのよ? それをしなかったのは、あそこにいる院長さんが心の底から謝罪をしてくれたから。その謝罪に免じて、アンタを許してあげたの。なのに、アンタは院長さんの誠意を無下にする訳?」


 言葉の意味を理解出来たのだろう。

 サッ、と顔を青ざめてコクコクと頷く少年。


 もしもアリサと出会った時のカミーラで有れば、問答無用で私刑を執行していた事だろう。相手の話を聞く事もなく。

 そう考えると、アリサと出会った事によってカミーラも少しずつ変わっているのかも知れない。


「でしたらクマアも一緒について行って下さい」

「……宜しいのですか? アリサ様」

「はい。私は1人でも大丈夫ですが、カミーラさんは少し心配なので」


 アリサの言葉に僅かながら警戒した様子を見せる院長。


「大丈夫ですか? 何分、ここは高貴な方々を迎い入れる場所にしては場違いも良い所です。お目を汚してしまったり、衣服を傷付けてしまう万が一の事があれば……」


「心配には及びません。今でこそ、こんな姿をしていますが私も元々は孤児院の出です。多少なにかあった所で、怒り狂ったりしませんよ」

「そうですか。それでしたら良いのですが……」


 納得した様子を見せる院長。

 しかし、不思議な事に警戒の色はまだ消えていない。


(やっぱり、この孤児院には何かあるのか。そして、それはあの少年が言っていたように孤児院その物が危機的な状況に陥ってしまう何か)


 が、今はまだ情報が不足している。

 取り敢えず、孤児院を見て回ろう。

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