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「本当に申し訳ございませんでした。お姉さま!」
公共の面前。
沢山の人が見ているにも関わらず、カミーラは躊躇う事無く土下座を決める。間違っても、伯爵令嬢が平民に行う謝罪の方法では無い。
「次、こんな事をすれば、今度こそ絶交ですからね」
「はい! もう、二度とこの様な事は致しません!」
「クマアに関しては、コレを理由に好き勝手やりたいので許したりしません」
「グッ。……分かり、ました」
3人は仲直りした。
お詫びの品として、アリサの手には大きな紙袋が。
中には、高級な衣服が大量に詰め込まれている。
正直な所、洋服に興味は無いものの、無料なら貰っておく主義のアリサ。快く、カミーラからの詫びの品を受け取る。
洋服店を後にした一行は、宛も無く王都を歩く。
当然ながら、貴族しか入る事の出来ないエリアは抜け出している。
「? ……あそこ、沢山の人だかりですけど、一体何があるのでしょうか?」
カミーラに聞いてみると教えてくれる。
「ああ。あそこは商売街道って言うのよ」
「……商売街道?」
聞き慣れない単語だ。
「私の話を聞くより、実際に見た方が早いわね。早速、行ってみましょう」
沢山の人だかりが目印となっている為、簡単に辿り着ける。
開けた通り道。
しかし、そこが開けた場所、と認識する者は誰もいない。
何故なら、そこかしこを屋台が埋め尽くしてしまっているからだ。
屋台。屋台。屋台。屋台。
両手の指で数える事も馬鹿馬鹿しい数だ。
しかし、多いのは屋台の数だけでは無く、屋台を見て回る人の数も。これだけの数、人と屋台が存在していれば、喧しくなってしまうのは当然だろう。
圧倒的な物量に。熱量に。勢いに。
気圧されてしまう。
「……これは、凄い」
アリサは思わず呟く。
「元々、商売街道はたった1つの屋台しか存在していなかったの。でも、周りが真似をするようになって、次第に屋台の数が増えた。結果、今のような商売街道が出来上がった、と言う訳なの」
目を輝かせて、商売街道を見つめるアリサ。
「質に関してはそこら辺のお店の方が良いかもしれないけれど、種類に関しては間違いなく商売街道の方が上よ。掘り出し物や、貴重な品も稀に出回っている、と言う噂よ」
何とも心惹かれる。
魔道具は売られているのだろうか?
武器屋もあるなら、寄ってみたい。
或いは、怪しい屋台に立ち入ってみる、と言うのも中々面白いかもしれない。
「さ、早速向かいましょう」
「アリサ様。楽しむのは構わないのですが、はぐれたりしないで下さいよ? この人混みの中、アリサ様の姿を探すのは大変難しいので」
「子供じゃ無いんですから、それ位分かっていますよ!」
一歩、足を踏み入れれば、その熱気や喧騒に圧倒されてしまう。
商売街道に身分制限は存在しない。
裏を返せば、悪辣な輩だって存在する可能性は高いのだ。だからこそ、屋台を眺めつつも周囲に気を配る。
人の声が途切れる事はない。そこに、屋台の店主の呼びかけやらなにやらが混ざり合う事によって、商売街道独特の喧騒が作り出されているのだ。
好奇心に突き動かされる形で、商売街道の奥へ奥へ進む。
「しかしお腹が空きましたね。何か、食べられそうな物があれば良いのですが……」
「確か、食べ物の売られている屋台も有りましたね」
「時間も良い具合だし、食事にしましょうか。尤も、私の舌を満足させられる屋台が有れば良いのだけれど。あっちだったかしら?」
「いえ、方向が違います」
さながら前世で言う所の、通勤ラッシュの電車に乗り込んでしまったかのような気分ではあったが、2人と一緒だからか余り辛くはない。
何とか見つけた串焼きの屋台では、先程の失態を挽回する勢いでカミーラが大量購入。大量の串焼きは、全てアリサのお腹の中に納まった。
「凄い数の武器ですね」
偶然通りかかった武器屋。
棚には、ズラリと武器が並んでいる。
値段自体はそこまで高価と言う訳でも無いが、それでもキラキラと輝いて見える。アリサはその中でも異彩を放つ大きな斧に興味を惹かれた。
客寄せのために設置されているようだが、一応は売り物らしい。
アリサが興味を持っている事に気付いたのか、屋台のおじさんが揶揄うような口調で言う。
「嬢ちゃん。それを興味を持ったのか? だが、止めておいた方が良い。仮に持ち上げようとしたら、嬢ちゃんの腕が折れちまうぞ」
「これ、試しに持ってみても良いですか?」
「持ち上げる事が出来るなら、全然構わねえぞ」
まるで、アリサは持ち上げる事が出来ない、とでも言う様なニュアンス。
これには流石のアリサもカチンときた。
よいしょ、の掛け声で簡単に持ち上げてみせる。
予想外の光景に、屋台のおじさんはあんぐりと口を開ける。
支援魔法によって、常に身体能力が強化されているアリサにとっては余裕だ。試しに、軽く振ってみるとブン! ブン! と、空を切り裂く音が。
「良い品ですね。ありがとうございます」
「お、おう」
屋台のおじさんは、引き攣った笑みを浮かべながら、そう言うのだった。
その後も、魔道具の屋台へ行ったり、雑貨が並べられている屋台へ行ったり、アクセサリーの屋台へ行ったりした。
明らかに入手すると呪われてしまいそうな品を、口八丁手八丁で丸め込まれたカミーラが購入しそうになったり。
購入した果実水がとんでもなく不味くて吹き出したり、と。
楽しい出来事が沢山起きた。
とても楽しい。
心の底からそう思ったが、水を差すようなアクシデントも起こる。
「ちょっと良いですか?」
相手の許可を待たず、偶然カミーラにぶつかってしまった少年の腕を掴む。
何かを喚いているが関係ない。
ポケットをまさぐれば、その中からカミーラの財布が。
「これ、私の友人の財布ですよね? 貴方、どうして持っているんですか?」
「え? あ! 言われてみれば確かに! 私の財布が何処にも存在していないわ! 一体、いつの間に!」
商売街道は人が多い。多すぎる。
多すぎるからこそ、この隙に乗じて良からぬ事を企む輩は多い。
スリもその内の1つだ。
必死に腕を振り払い何とか逃げようとするが、アリサは少年の腕を強く掴んで離さない。
「さて。ここで揉め事になるのも面倒です。何処か場所を変えましょうか」
そう言って連れ込まれたのは商売街道から外れた路地。
人気は無く、周囲は薄暗い。
「さて、どうしてくれようかしら? まさか、私にスリを働くなんて不埒な真似を行う愚物が存在していたなんてね。正直驚きよ。ええ、自分の末路を想像する事が出来なかったのかしら?」
右手は少年の胸倉を掴み、左手は手を開いて水平に傾ける。
カミーラの掌に集まる緑色の風。
少年の体に押し当てれば、鋭い風の刃がズタズタに引き裂いてくれるだろう。
「わ、悪かった! 謝るから許してくれよ!」
「謝罪は要らないわ。だってコレから聞かせてくれる貴方の悲鳴が私に対しての謝罪になるのだから」
「お金が必要だったんだよ! 俺が住んでいる孤児院を、皆を守る為にお金が! だから、許してくれよ!」
少年の事情など知った事か。
カミーラはそのまま風の刃を押し付けようとするが、アリサに止められる。
「……孤児院を守る、と言う話は少々気になります。カミーラさん。申し訳ないのですが、お仕置きはまた後でにしていただけませんか?」
やや呆れたように息を吐く。
「人助けを行うお姉さまの高潔さは素晴らしいと思うけれど、王都にこう言った輩は沢山いますわよ? 向こうにも向こうの事情があるのかもしれないけれど、犯した罪が許される訳じゃない。許すにしてもキリがない、と言う事だけは忠告しておくわよ」
「別に助けたいと思った訳じゃありませんよ。只、私も昔は孤児院で暮らしていたので」
改めてアリサは少年に向き直る。
「孤児院について、詳しく聞かせて貰えますか?」
別段、少年に対して情が沸いた訳では無い。犯罪行為に手を染めている以上、凄惨な目に遭う事だって覚悟しているだろう。
だが、孤児院に何かしらの危機が迫っている、と言うのであれば話は別だ。
アリサは物心がつく前から孤児院で育った。物心がついた後も孤児院で育った。だからこそ、居場所が無い子供達に居場所を与えてくれる場所と言うのが何よりも大切な存在である事はよく理解している。
孤児院に関しては見捨てる事が出来ない。




