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王都にやって来た時の興奮と熱狂。
ソレとはまた別ベクトルで、アリサの心臓はドクンドクンと鼓動を繰り返している。
王都には大まかに分けて2つの区画が存在する。
一つは平民や貴族も関係なく立ち入る事が出来る場所。一つは貴族のみしか立ち入る事が許されていない、いわゆる高級住宅街的な場所。
無論、平民が後者に入ってしまえば罰せられてしまう。
王家のお膝元と言う事もあって、警備はそこかしこで目を光らせている。
カミーラは貴族――伯爵家の令嬢ではあるが、アリサとクマアは平民。
貴族が一緒に居るからと言って、自分も貴族になる事が出来るなんて事は無い。バレてしまえば重い罰則を課せられてしまう。
最悪の場合は、投獄なんて可能性も……。
「カミーラさん。どうしてわざわざ此方にするんですか!? 普通のお店でも洋服ば売っていると思いますよ!」
こう言った場所ではビクビクするよりも、寧ろ胸を張って歩いた方が不信がられる事は無い。
内心ではビクつきながらも、表面上は自分はいっぱしの貴族です! と言う顔をしつつカミーラに小声で話し掛ける。
尚、貴族と言うのはメイドや執事を引き連れている者も少なくはない為、メイドであるクマアが一緒に歩いていても違和感は無い。
「いいえ。駄目よお姉さま! お姉さまの魅力は、一流の洋服を見に纏ってこそ発揮されるものよ! ソレに大丈夫。仮に見つかったとしても、丸め込める方法は幾らでも知っているから。賄賂に、弱味に、脅迫。……フフ、寧ろバレてしまってからが楽しいかもしれないわね」
「……なるべく穏便な方法でお願いシマス。」
忘れてしまいそうになるが、カミーラの本質は悪役令嬢だ。
考えを巡らせる彼女は、薄っすらと邪悪な笑みを浮かべる。
「あ、お姉さま! あったわよ! 私がよく通っている服屋! 値段はそれなりにするけど安心して! 私が全額払ってあげるから!」
目的地に到着する。
先程までの邪悪な笑顔は何処に行ったのか、可愛らしい笑みを浮かべながら、目的の服屋を指差すカミーラ。
「……いえ、私の服な訳ですからちゃんと支払います。私もそれなりにお金を……あ、お財布を忘れた」
「私が全額出すわ!」
店内に入る。
アリサの知る服屋と同じように、幾つかの服が並べられているものの、その数は少ない。代わりに試着室は大きく、一度に10人程入っても余裕がありそうなスペースだ。
貴族御用達の服屋。
如何やら、アリサの常識では測る事の出来ない場所のようだ。
「おや? カミーラ様。本日は一体、どの様な御用で?」
姿を現すのは初老の男性。
貴族が通う店と言う事もあってか、清潔感に溢れている。
その上、立ち振る舞いにも品があり、なんちゃって貴族であるアリサとは雲泥の差だ。
「久しぶりね。今日は彼女の服を見繕って欲しいのだけれど」
萎縮する事無く、ハッキリと要件を告げるカミーラ。
初老の男性はチラリとありさを一瞥する。
「これはまた。随分と変わったお友達ですな。幼い頃の貴方様を知る私としては、少々意外と言わざるをえませんね」
「一体、何時の話をしているのかしら? 私も今や学院に通っているのよ? 色々と考え方が変わったとしてもおかしくは無いわ。それとも何かしら? まさか、私の友人関係に文句でも言いたいと言うのかしら?」
カミーラは笑う。
牽制する様な笑みだ。
対する初老の男性は降参する様に両手を軽く上げ、朗らかな笑みを浮かべる。
「どうかご安心を。誰かに話す、と言う事は致しません。そんな事をすれば店の信用に関わりますから」
「そう。だったら問題無いわ。今日、ここに来たのはお姉さまの服を見繕う為。お姉さま曰く、私服が制服数着しかないらしいのよ」
一瞬、信じられない者を見るような目でアリサを見て来る。
しかし、流石はプロ。
すぐさま切り替え、何事も無かったかのように振舞う。
「成程。希望は何かあったり致しますか?」
「そうね。お姉さまの希望は……なになに? 動き易い。余り派手すぎず、露出が控えめ。出来る事ならスカートは避ける? 成程。取り敢えず、全部却下で。貴方で有れば、お姉さまに似合う洋服は用意出来るでしょ? 適当に見繕ってちょうだい」
「かしこまりました」
カミーラの無茶振り、とも呼べる要求に対して、恭しい一礼を行う初老の男性。
「!?」
希望を聞く、と言う行為には何の意味があったのか?
ちょっと待った! と引き止める暇も無く、初老の男性はアリサに似合う洋服を見繕い始める。とても不安だ。
「さ、お姉さまはあちらに向かいましょう。貴方はお姉さまのメイドなのだから、試着の手伝いをしてちょうだい」
「かしこまりました」
あれよあれよ、という間に試着室へと連れ込まれてしまう。
カミーラは試着室の前で待ち、クマアはアリサと一緒に試着室の中に。中は広い。恐らくメイド等が入って来ることも想定して作られたからだろう。
「別に私1人でも試着は出来ますよ」
「品によっては1人で試着する事が出来ない物も有りますから」
「え? 待って。私って、今からそんな物を試着しないといけないんですか? もう少しカジュアルなので良いんですよ!? 止めて下さいよ! そんな、どこぞのセレブリティが身に纏う衣服なんて!」
「早速来ましたね。では、御召し物を御脱ぎ下さい」
「ちょっ、私の話を聞け!」
半ば強制的に制服を脱がされ、店員からカミーラへ。カミーラからクマアへと渡される衣服を試着していく。
ゆったりとしたデザインのワンピースであったり、どこぞのパーティーで身に付けそうなイブニングドレス。女性が身に付ける、と言うよりは男性が身に付けていそうなスーツ風の洋服であったり、時代の先取りか!? と驚かずにはいられない地雷系ファッションまで存在している。
一体、どれ程試着をしたのか。
「お、多すぎる」
とても長い時間、脱いでは着て、脱いでは着てを繰り返した。
最初こそ和やかな試着会だったにも関わらず、次第に提案される衣服のデザインが派手だったり、露出が多かったり、人様にはお見せ出来ない様な見た目に変わって行っている。比例するように、興奮していくカミーラ。
「お、お姉さま! 次はコレを! コレを試着して下さらないかしら! 大丈夫! お姉さまなら、絶対に似合うから! 何も、恥ずかしがる事は無いのよ!」
目が血走っているカミーラの手に握られているのは一着の衣服。否、それを衣服と呼ぶのにはかなりの抵抗があった。
何せソレは体全体の3分の1しか隠していない。それ以外は素肌が露わになってしまうのだ。果たして、そんな代物を衣服と呼んで良いのか?
「嫌です! 絶対に嫌です! 他のは甘んじて受け入れてきましたが、コレは絶対に着ません! どうして私がバニースーツなんて着ないといけないんですか! と言うか、コレ世界観にあってないですよね!?」
――バニースーツ。
見る側としてはテンションが上がるかもしれないが、いざ自分が着るとなると中々に躊躇してしまう代物だ。
押しに弱かったアリサも悪いのだろう。
だが、バニースーツは是が非でも嫌だった。その恥ずかしさはスカートやヘソ出し、生足晒しや肩出しとは比較にならない。
途轍もなく恥ずかしすぎる。
助けを求めるようにクマアを見るが、頼みの綱である世話役のメイドは貴族が相手では役に立ってくれない。
「さあ! お姉さま! さあ! さあ! さあ!」とカミーラの興奮は最高潮に達し、アリサの話など聞いてくれないだろう?
ブチっ、と。
アリサの頭の中で、何かが千切れる音が聞こえた。
「もう嫌!」
思わず、大声で叫ぶアリサ。
「お姉さま……?」
異変に気付き、クールダウンするカミーラ。
しかし、遅すぎた。
「もう嫌! 本当に嫌! 大体、私は行きたいって言って無かったし! カミーラがどうしてもって言うから仕方なく言ったのに! こんな、私が嫌がる事ばっかりして!」
「お、お姉さま? 少し、落ち着い……」
「嫌い! カミーラなんて嫌い! 私が嫌がる事ばっかりするもん! 変な洋服ばっかり持って来るし、恥ずかしい服ばっかり持って来るし! 絶交! もう、絶交!」
「あ、あの。アリサ様? 少し落ち着かれた方が……」
「クマアも嫌い! 絶交! 絶交! 皆、絶交!」
キャパオーバーを起こし、幼児退行してしまったアリサ。
嫌いと言われ、茫然自失するカミーラ。
予想もしなかった状況に、戸惑いを隠せないクマア。
店内は混迷を極め、収集が付くまでかなりの時間が掛かってしまった。




