21
ルミナス学院にも休日は存在する。
五日間を平日として授業を行い、二日間を休日として各々が思い思いの時間を過ごす。ソレは前世の世界であっても、此方の世界であっても変わらない。
今日は休日だ。
カーテンが閉じられていない。全開となった両開きの窓から差し込まれる陽光。アリサの顔に陽の光が当たる。
「……もう、朝か」
ゆっくりと目を覚ます。
日の光の余りの眩しさに目を細めつつ、呟く。
「そうですよ。もう朝です。アリサ様はいい加減に起きて下さい」
布団に篭もり惰眠を貪るアリサとは対照的に、クマアは既に起床している上に寝間着からメイド服へと着替えている。
命令されれば、今すぐにでも動く事が出来ます! と言うスタイル。にも関わらず此方が命令するよりも先に勝手に動いてしまう。
具体的に説明すれば、未だに眠ろうとするアリサの布団を引っぺがそうとする。必死に抵抗するアリサ。
しかし、クマアの力が妙に強い。
「後もう少し。後もう少しだけ寝たら本気出すから。だから眠らせて」
「駄目です。何々したら本気を出す、とアリサ様はよく言っていますが実行した試しがありません。どうせ、これも私を丸め込む為のでまかせなのでしょう?」
布団を使った綱引きはクマアの勝利。
取り上げられた布団。
今のアリサの格好は制服では無く寝間着。
布団の中とは異なり、部屋の中はやや肌寒い。慌てて布団の中に戻ろうとするが、肝心の布団はクマアが持っている。
「さあ。もう寝る事は出来ませんよ。いい加減に起きて下さい。そして、身支度を整えましょう。髪の毛とか凄い事になってますよ」
「うぼあー、布団に戻らないと力が出ないんだけど。……髪の手入れ、代わりにやってくれない? 自分でやるの面倒くさい」
「全く。仕方がありませんね。取り敢えず、ベッドから出て下さい」
数分にもおける攻防戦の末、クマアに軍配が上がる。
布団から出たアリサはクマアに手伝って貰い、あられもない姿から普段通りの姿へと整えていく。
爆発したかの様な茶髪の髪は整えられ、二本のお下げに。
しょぼしょぼとしていた瞳はパッチリと見開かれ、寝相が悪かったせいでやや汚れてしまった巨大な丸縁眼鏡も奇麗に掃除されている。
寝間着から制服に着替えれば、普段のアリサの完成。
「まえまえから思っていましたが、アリサ様の洋服って寝間着か制服の何方か二つしかありませんよね?」
「失敬な。制服も寝間着も何方も数着は用意してるじゃん」
「新しく洋服を購入したりするご予定は無いのですか?」
「ない」
アリサが所持している洋服は寝間着か制服の二つのみ。女子的な目線から見ればヤバイ。女子力では無く女死力が高まってしまう。
が、アリサ自身が独特な感性を持っている上に、前世の記憶も保持している為、考え方は男性寄りになってしまう。
ぶっちゃけ、洋服なんて沢山持つ意味がある? って感じだ。
クマアが何かを言おうとした時、コンコンコンと扉からノックの音が。
来客だろうか?
「どうぞ」とアリサが言うと、扉が開く。
確か、鍵を掛けていた筈なのだが……。
やって来たのはカミーラ。
特徴的なツインドリルに、悪役令嬢と言う言葉が相応しい美貌を兼ね備えた、伯爵家の令嬢。
「お姉さま! 私と一緒に王都に遊びに行かないかしら!」
「王都に遊びに……? と言うか、カミーラさん。私の記憶が正しければ、扉の鍵は閉めていた筈なのですが」
「一緒に行ってくれるのね! 流石はお姉さま!」
「え? まだ何も答えていませんが」
とは言え、断る理由も無い。
しかし、アリサとカミーラの2人だけ、と言うのはやや寂しい。
誰か、他に誘える人物はいないだろうか?
クマアと目が合う。
「王都に遊びに行くのは構いませんが、クマアも一緒で良いでしょうか?」
「え?」
何方かと言えば、嫌そうな声。
言った後に気付く。
カミーラは平民を毛嫌いしていた。
クマアも平民である為、一緒に王都に行くのは嫌がるのでは無いか? と。しかし、アリサの予想とは裏腹に、カミーラの返答に棘は無い。
「折角なら、お姉さまと2人きりで王都を見て回りたかったけれど、構わないわよ。貴方も、それで良いわね?」
「は、はい。分かりました」
何か言いたそうにしていたが、相手は貴族。
ましてや、伯爵家の令嬢。
クマアが自分の意見を口にする事はない。
「私の方は既に準備を終えているけど、お姉さまの方は流石にまだよね? そうね、それじゃあ時間を決めて、学生寮の門の前で待ち合わせる事にしましょうか」
待ち合わせの時間を決めた後、カミーラはアリサの部屋を後にする。
クマアとアリサは、早速準備に取り掛かる。
※
「着いたわね!」
「ここが王都ですか。……これはまた、何と言うか」
王都は、アリサの住むオルニア王国の首都だ。
オルニア王国は、幾つもの迷宮を抱える事により、周辺の諸国よりも異常なスピードで発展した国だ。
故に、王都の発展っぷりは、他国と比べても別格。
毎日がお祭り騒ぎ。
足を運ぶ者が絶える事は無く、建ち並ぶ建物目新しく、物珍しい。購入する事が出来る品はどれもこれも質が良い。
周辺諸国よりも発展している、と言葉だけを聞けばにわかには信じられないかもしれない。しかし、王都の発展ぶり盛況ぶりを目の当たりにすれば、その噂が決して誇張や嘘では無い事は明らかだ。
「しかも、学院からそこまで遠くない」
馬車を利用すれば、あっと言う間につく距離だ。
何処かで見た事のあるような光景。記憶の中を探ってみれば、一度テレビと言う物で目にした外国の街並みを彷彿とさせる。
国どころか世界まで違っているのだから、その様式であったり文化まで異なっているのは寧ろ当然と言えるだろう。
周囲に目を向ければ沢山の人だかり。
馬車で移動している最中。カミーラから王都に関して一通りの話は聞いていたものの、聞くのと見るのでは大きく違う。
耳を澄ませば聞こえてくる喧騒。
何処か、楽しそうな雰囲気に巻き込まれる感じだ。
「……こんなに面白い場所だったら、もう少し早くに来ても良かったかもしれませんね」
「お気に召して頂いて何よりだわ。何しろ、オルニア王国の首都なのだもの。寧ろ、気に入ってくれないと困るわよ。でも、お姉さまが一度も王都に行っていない、と言うのは意外ね」
「それは、まあ。色々とありまして、中々行く機会が無かったんですよ」
アリサは基本的にアウトドアよりインドア派だ。
実際は、外に出るのが面倒で、部屋でゴロゴロしていただけ。何なら、一日中布団に籠って惰眠を貪っていた事もある。
が、詳しく説明はしない。
クマアから向けられる冷たい視線を、涼しい顔で受け流す。
「成程。話は変わるけれど、お姉さまはどうして今日も制服なのかしら? まさか、着ていく服が制服以外に無いとか? ……なんて、流石にそんな事は……」
「いえ、外に着ていく洋服は制服以外には無いので」
ピシリと、時間が止まったかの様な錯覚を覚える。
自然だったカミーラの笑顔が、若干引き攣っている。
「あ、あははは。お姉さま、面白い冗談を言うわね? もしかして、場を和ませる為に……」
「いえ、私は制服と寝間着しか持っていません。数着は揃えているので、日常生活に支障は出ないと思いますが」
カミーラはクマアを見る。
クマアは目を瞑りゆっくり首を横に振る。
「お姉さま、洋服を買いましょう」
「え? 私には必要が……」
「お姉さま、洋服を買いましょう」
「だから、余り必要では……」
「お姉さま、洋服を買いましょう」
凄まじいカミーラの圧。
必死に抵抗を続けていたアリサだったが、とうとう折れてしまうのだった。




