20
昼食会が行われる場所は、校舎裏。
貴族――ましてや、王族が食事を取るべき場所では無い。
何故、この場所を選んだのだろうか?
アリサの疑問は、カイラが取り出したとある品によって氷解する。
「それじゃあカイラ。頼む」
「了解しました。殿下」
何処からともなく取り出したトランクケース。
一見すると、何処にでもある品。
しかし、その中身が違った。
取り出されるのは、明らかにトランクケースには入らないであろう品々。テーブル、椅子。ナイフやフォーク。食堂から持って来たのか、幾つもの料理。
料理に関しては、さっき作られたかの様に湯気が立つ。
「コレはもしかして……マジックバッグですか?」
「知っていたのか? その通り。コレはマジックバックだ。どんな物でも入れる事が出来るし、この中では時間が経過しないと言う面白い特性も持っている。とても便利な品だからこうやって常に持ち運んでいるんだ」
魔法道具。
魔法を使う事の出来る道具。
ないし、魔法が秘められた道具の事をそう呼ぶ。
基本的に魔法道具は高値で取引され、発見される主な場所は迷宮。
中でもマジックバッグは、その利便性の高さ故に、莫大な値が付く。王族であっても、簡単に手に入る品では無い。
(いいなぁ。マジックバッグ。欲しいなぁ。下さいって言ったらくれるかな? ……いや、流石に無理か)
手際よく準備は行われ、食事の場が整えられる。
机にずらりと並ぶ料理。
アリサとジュダスは、互いに向かい合う様にして座る。
早速料理に手を付けようとするが、ジュダスに話を振られる。
「そう言えば、君は決闘でバートランドを倒したようだな?」
ジュダスも学院の一生徒。
学院中で噂になって居れば、嫌でも聞いてしまうだろう。
「正直な事を言うと、運も有りました。バートランド様はとても強かったですから。行動が一つ異なって居れば、勝者はバートランド様になっていたかもしれません」
「だが、君はバートランドに勝った。彼の素行は問題ではあるが、それでも第三騎士団団長の息子と言う肩書は大きい。誇っても良いんだ。まぐれだろうと何だろうと、君はバートランドに勝利したのだから」
「…………もしかすると、まだ実感が湧かないのかもしれません」
「誰しも、初めての勝利と言うのはそう言うものだ」
食事は始まる。
護衛であるカイラは食事に参加せず、周囲に目を光らせる。
ジュダスは優雅な所作で食事を行う。
対するアリサは、別段食べ方が汚いと言う訳でもない。料理は味わっているし、よく噛んで食べている。
にも関わらず、まるで二倍速された映像のように、次々と机に並べられた食事を平らげていく。一応、沢山食べても構わないと言う言質は貰っている。
カイラが何か言いたそうな目でアリサを見つめているが、意図的に無視する。
食べ終わったお皿はどんどん積み上がっていく。
(もしかしてコレって、カイラがジュダスが好きな物とか、好きそうな物を片っ端から用意したからこんな数になったのか? いや、ジュダスは大食いじゃ無いんだから、もう少し位量を減らしておけよ……。まあ、そのお陰で僕はこんなに沢山食べる事が出来るんだけど)
ジュダスが、アリサを見つめている事に気付く。
何か嫌な予感がする。
一度、食事の手を止める。
「殿下。私の方をじっと見ているようですが、何かありましたか?」
「あ、いや。……別段大した事では無いんだが、君の頬にな……」
「私の頬にですか?」
一瞬、言葉の意味が分からず、首を傾げるアリサ。
それをどう受け取ったのか、ジュダスは机から身を乗り出し、アリサへと手を伸ばす。正確に言うなら、アリサの頬へと。
伸ばした手は――アリサが避ける事によって、空を切る。
「…………」
「…………」
右の頬を指でなぞると、アリサの指先には食べかすが付いていた。
「ああ。何かが付いていましたね。殿下、ありがとうございます」
「……いや。礼には及ばないさ。……うん」
何とも言えない空気が漂う。
アリサは内心、胸を撫で下ろす。
(危ねぇ! マジで危ねぇ! もしもあの時、頬についていた食べカスを取られていたら、きっと何かトンデモナイ事が起きてた! マジで危ねぇ! ナイスだ、僕!)
いたたまれない空気ではあるが、再び食事を再開しようとしたその時。
何処からともなく、笑い声が聞こえてきた。
「あはっ。アハハハハハハハハハ! 王子様ともあろう人が、さりげない気遣いも成功する事が出来ないなんて!」
聞き覚えのある声。
思わず顔面をぶん殴りたくなってしまう、腹立たしい声だ。
「誰だ!」
叫ぶジュダス。
その声に応える様に、四人目の来訪者が姿を現す。
恐らくは魔法によって、自身の姿を隠していたのだろう。
徐々に、その姿が露わになる。
「このボクを知らないなんて酷いなぁ! ボクの名前はベテ・フォン・カーソンさ! 王子様である君の行動が何とも初々しくてねぇ、思わず声を掛けてしま……」
「曲者!」
「……え?」
カイラはベテに蹴りを食らわせる。
まさか攻撃されるなんて、想像もしていなかったのだろう。
おまけに、ベテは打たれ弱い。
カイラが見舞う全力の一撃によって、ベテの体は呆気なく吹き飛ぶ。そのまま木に直撃し、体がくの字に曲がる。
「……がっ、はっ!」
白目を向き、力無く倒れるベテ。
体は小刻みに痙攣を繰り返し、足や腕は曲がってはいけない方向に曲がっている。
明らかな重傷だ。
「殿下! ご無事でしたか!?」
「いや、俺は大丈夫だが……彼は辺境伯であるカーソン家の者では無いのか!?」
「関係ありません」
「いや、関係なくは無いだろ!? 相手に敵意は無かったんだぞ!?」
ベテは虫の息と言っても良い。
このまま何もしなければ、ベテは死んでしまうだろう。
攻略キャラの死亡。
アリサにとっては喜ばしい事ではあるが、ジュダスはアリサを見ている。恐らく、知っているのだろう。
聖属性の使い手は、回復魔法が使える事を。
そして、アリサは回復魔法を習得している。
「回復魔法を使う事は出来るか? どうか、カーソン家の彼を治して欲しい」
「殿下の頼みとあれば」
こう答えるしかない。
アリサは半死状態のベテに近づく。
掌を翳せば、淡い光がベテの体を包み込む。
弱々しい光は次第に光の勢いが増していき、ベテの体を呑み込んでいく。時間にしてほんの数秒。光が消えると同時に、ベテの傷は治っていた。
「完了しました」
ベテは目を覚ます。
「あれ? ここは一体?」
「何処か、体に異常は感じますか? 記憶に、何かしらの齟齬などは? 意識はハッキリしていますね? 私が立てている指は何本か分かりますか?」
「あ? え? 3本だけど……」
残念ながら、何処も異常は無さそうだ。
「念の為に、先生を呼んで来ます」
「本当に助かった。君が居なければ、一体どうなっていた事か……」
「大丈夫ですよ。私は人として、当たり前の事をしただけですから」
そう。普通の事だ。
目の前で死にそうな人が居たら助ける、なんて事は。
攻略キャラが3人もいる危険地帯から逃げ出す口実が出来たので、アリサは早速校舎裏を後にする。
教員に関しては、保健室の先生が妥当なのだろうか?
「えっと……ボクの身に一体何が……?」
「何から説明するべきか。本当に申し訳ない。コラ! カイラ! お前も謝れ!」
「……すいませんでした」
ジュダスに怒られても尚、カイラはベテに対して警戒を続けるのだった。
コイツ、反省していない。




