19
何の変哲も無い平民が、騎士団長の息子であるバートランドを下した。衝撃的なニュースは瞬く間に学院中に広がり、アリサは一躍時の人となった。
とは言え、アリサ本人としては堪ったものでは無い。
アリサの目的は学院で目立つ事では無い。攻略キャラ達と一切かかわらず、波風の立たない平穏な学園生活を送る事なのだ。
「はぁ。……一体どうすれば良いんだよ」
昼休み。
本来で有れば学食を取る所だが、今は人の目が多い。
クマアにお願いして昼食を作って貰った。
バスケットに詰まった沢山のサンドイッチ。
それが5つ。
これが今日のアリサの昼食だ。
驚異的な速さで一つ一つを食べていく。
「少し物足りない」
沢山あったサンドイッチも、残す所はたったの一つ。
やけ食い気味で食べてしまったのが良く無かっただろうか? と、後悔しても残ったサンドイッチはたった1つ。
せめて、最後の一個はよく噛んで食べよう。
サンドイッチに齧りつこうとした時、ガサリ! と草むらで物音が聞こえてきた。
アリサが居る場所は、かつてカミーラがアリサを呼び出した、とある校舎裏の一角。人が来る事は無く、聞こえて来るのは鳥の声のみ。
物音が聞こえた事に驚き、思わずサンドイッチを落としてしまう。
「……ッ!」
落下するサンドイッチ。
地面は不衛生だ。
世の中には3秒ルールと言うルールが存在するが、パンと地面の相性は悪い。僅かでも地面と接触してしまえば、その時点で食べる事は出来なくなってしまうだろう。
「間に、合え……!」
アリサはサンドイッチに手を伸ばす。
後もう少し。手を伸ばす事が出来れば、哀れなサンドイッチを救う事が出来る。ほんの数ミリ。力を振り絞れ。
サンドイッチに指が触れた。しかし、指が触れてしまった事により、サンドイッチはバラバラになってしまう。
全部を救う事は出来ない。
だが、1つ。たった1つだけなら、アリサでも救う事が……。
現実は非常だ。
回収出来た具材はゼロ。
全てが地面に付いてしまい、食べる事が出来なくなってしまう。
「うわァァァァ! なんで? どうして? 後、もう少し! 後もう少しだけ、手を伸ばす事が出来れば! 出来ていれば、救えていたのに!」
項垂れ、絶叫し、握った拳を地面に叩きつけるアリサ。
傍目に見れば何をやって居るんだ? コイツは? と言う、奇異の緯線で見られる事は間違いない。
相手が、表面上は好青年の王子だとしても。
「えっと……君は一体、何をやっているんだ?」
草むらから現れたのは攻略キャラの1人であり、この国の王子でもあるジュダス・フィリップ・リア・ハルフォードだった。
「殿下こそ一体どうして草むらから?」
話を聞く。
原因は、所謂痴女のもつれ? らしい。
ジュダスを昼食会に誘った女子生徒達。
しかし、ジュダスはソレを拒否。やんわりと断ったものの、相手方は納得がいかなかったらしい。
何を血迷ったのか、魔法か何かを使って無理矢理昏倒させよう! と言う結論に至り、ジュダスを拉致しようとした。
普通に犯罪だ。
「成程。……ソレは災難でしたね」
「ああ。俺を慕ってくれる中には、少々変わり者が居る事も知ってはいたが……まさか俺を誘拐しようとしてくるとは。……正直予想してなかったよ。首輪や手錠を持って来た時は面白い冗談だと思っていたが、本気だと気付いた時の衝撃は凄まじかった」
尚、ゲーム本編の未来ではジュダスも似たような事をやる。
首輪に手錠。その上、人一人がすっぽり入る鳥籠まで用意しているのだから、ヤバさ度合いとしてはジュダスの方が一枚上だ。
「大丈夫なのですか? まだ、追手がここら辺に居ると言う可能性も……」
「ソレについては問題無い。俺には頼もしい護衛――。いや、友人が付いているからな」
護衛兼友人については心当たりがある。彼で有れば、ジュダスが危機的な状況に陥ってしまえば身を賭して守る事だろう。
「ところで、君はどうしてこんな所で……その、絶叫してたんだ?」
説明するのは面倒くさいので適当に誤魔化す。
「殿下。時に人は1人で叫びたくなってしまう時があるんです」
「そうなのか? だが、人と言うものは気高い筈だろ? 自分自身の行動に誇りを持ち、常に正しい選択肢を選んでいれば、そんな事をする必要は無いと思うが……」
ジュダスは王族だ。
王族であるが故に、蝶よ花よと育てられてきた。
だからこそ、世間知らずな面も存在している。
尤も、アリサが絶叫した理由は最後のサンドイッチをうっかり落としてしまい、食べられない悲しさからなので、世間知らずは余り関係が無い。
「人によってソレは違います。殿下のように常に高潔な人も居れば、邪な考えを持つ者だって居る。私のように、自分の本心を秘めている者だって存在するのです」
「……成程。それは知らなかった。……そうか、人によって違うのか」
「はい。人によって考え方は違っています」
内心、どうやってこの場から逃げようか? と考えていると、突然アリサの眼の前に1人の男子生徒が現れる。
青色の髪に、クルンとカールしている天然パーマ。
顔つきは精悍な顔つきで有りながら、何処か小型犬を彷彿とさせる。――まるで、怪しい相手に出くわしたかのように、アリサを睨みつけている姿が特に。
身長は高く、体は細いが鍛えているのか、所謂細マッチョ。
アリサは内心で顔を引きつらせる。
タイミングが悪い。
「殿下。コイツはもしかして、殿下に仇為そうとしているのでは無いですか?」
分かり易く、アリサを警戒していた。
今にも襲い掛からん勢いだ。
「おい! 止めろ! カイラ! 彼女は私に危害を加えようとなんてしていない!」
――カイラ。
4人いる攻略キャラの内の一人であり、王子であるジュダスに従う狂犬。
ジュダスの護衛を務めており、ジュダスに関する事柄で有れば人が変わったかの様な反応を示す。それ以外に対しての反応は淡泊で、鈍い。
警戒の基準がよく分からない上に、些細な発言や何気ない行為から「コイツは何か、殿下に対してトンデモナイ事をしでかそうとしているのでは無いか?」と言う被害妄想を発症してしまう為、狂犬とも揶揄されている。
実は、彼もアリサと同じく平民で孤児だ。
ジュダスに拾われ、恩義を感じている為、今ではこうして護衛を務めている。とんでもなく過保護の為、ほぼ四六時中傍にいると言っても過言では無い。
例え姿が見えなかったとしても、何処かで息を殺してジュダスを見守っている為、細心の注意を払わないといけなかったりする。
主に、被害妄想方面で。
彼にとってジュダスは全ての優先順位の上。ジュダスから受けた命令はどんな内容だったとしても遂行するし、死ねと言えば死ぬ程の忠誠心。
しかし、他の攻略キャラと比べれば危険度は低い。
ジュダスと関わる事さえ無ければ、彼は無害で大人しいのだから。
だがゲーム本編で彼と関わり合いを持ってしまうと、話はおかしな方向に捻じれてしまう。好感度を深めて行けば、自ずとカイラの対応も柔和になっていく。
それは同時にカイラに取ってアリサが大切な存在になっていく、と言う事だ。
ジュダスとアリサ。
何方を優先すれば良いのか分からなくなったカイラは、痛みによる罰を求めた。最初は些細な痛みだった。
だが、好感度を深めていけば行くほど罰は過激になっていく。
結果として、カイラは立派なドMへと変貌してしまう。
だが、他の攻略キャラと比べればインパクトは薄いかもしれない。しかし、彼の本領は『魔王』を倒した後のエンディング。
過激な罰が更に激しくなってしまった結果、カイラは責め苦の果てに死んでしまうのだ。しかも、手をかけたのは他でも無いアリサ。
主人公が攻略キャラを自らの手で殺した。
その時の衝撃は凄まじい。
おまけに、アリサはカイラを自らの手で殺してしまった事により投獄されてしまう。
なんとも酷いエンディングだ。
「……そうですか。申し訳ありません。最近は殿下の周りでは鬱陶しい羽虫が飛んでいるので、少々張り詰めてしまっていました」
ジュダスの言葉を聞き、剣呑な視線は元に戻る。
深々と頭を下げるカイラ。
この人プレイの最中に死んでしまうんだよなぁ、と脳裏に過った瞬間、思わず笑いが込み上げてしまう。何とか笑いを堪える。
「いえ、気にしないで下さい。殿下の護衛となれば、些細な事にも気を付けないといけないですから」
「……ほう。貴方はよく分かっていますね。殿下と昼食を共にした際、メニューに書かれていた大量の品を注文した時は一体何を考えているか? とも思いましたが、如何やら杞憂のようでしたね。重ねて謝罪致します」
姿が見えないと思っていたが、やはり何処かで隠れて見ていたのだろう。
決まり悪そうに、愛想笑いを浮かべるアリサ。
「アハハハハ。その節は何と言うべきか……大変お世話になりました、と言うべきなのでしょうね」
「そうだ! 折角なら、また一緒に昼食を食べないか? ここであったのも何かの縁だ!」
名案とばかりに、そんな提案をしてくるジュダス。
丁重にお断りしたい。
何ならカイラの視線がヤバイ。
「殿下。お誘いは嬉しいのですが、再びお邪魔になると言うのは……」
アリサの背後に、何か――先端の尖った物を押し当てられる。
「殿下の厚意を無下にするつもりですか?」
脅迫だ。
ジュダスが昼食に誘った事に対して、不機嫌になりながらも、主の事を最優先に考えている。正しく護衛の鏡と言えるだろう。
(今だけは、私情を優先しても良かったのに!)
バスケット5つ分のサンドイッチを食べたが、まだ物足りない。
ジュダスの申し出はご飯を沢山食べる事が出来るチャンスだが、再び好感度が上がってしまう。と言うより、イベントの中でも二回目の昼食会は存在していた。
断りたい。
が、断れない。
断ればカイラが何をしてくるか分からない。
選択肢など、あってないようなもの。
「勿論です。殿下のお誘いとあれば」
泣く泣くジュダスの昼食会に参加するしか無かった。




