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思わずアリサは叫ぶ。
「正気なんですか!? こんな沢山の人が居る中でバーサークを使うなんて! ……いや、暴力で他人を従わせようとしている時点でまともじゃ無い事は分かってたんだけど。そう考えると、この行動も案外自然……?」
『狂い咲く彩華』のゲームシステムには状態異常と言うものが存在している。
トリガーは様々で、何かしらのギミックに嵌まってしまった時。武器の特性。魔法を発動する事によって、副次的な効果を齎す時。
状態異常の大半が自身を蝕む為のデメリットとなる。
しかし、プラスに働く状態異常も存在する。
それこそが『興奮』状態。
理性を失う代わりに攻撃力が飛躍的に上昇する。
諸刃の剣。
故に『興奮』状態を誘発する魔法である「バーサーク」は、最後の手段として用いられるのが普通だ。
人が沢山いる場所で使うなんてテロ行為に他ならない。
「皆さん逃げて下さい!」
アリサは叫ぶ。
悲鳴を上げ、我先にと逃げ出す観客達。
「本当に何を考えてるんですか! こんな場所で発動したら誰かを巻き込むかもしれない、って少し考えれば分かるでしょうが!」
無論、文句を言った所で意味は無い。
相手は既に理性を失っているバーサーカー。
血走った眼球がアリサを捉える。
雄叫びを上げ、強く握った大剣が振り下ろされる。
その速度も威力も先程までとは段違いだった。
――だが、まだ弱い。
「さて。どうしましょうかね。倒す事自体は難しくないですが……貴方を倒してしまうと、また悪目立ちしてしまうので」
アリサは両手を使い、大剣の動きを止める。
真剣白刃取り。
バートランドが雄叫びを上げ、何とかしてアリサの両手を振り払おうとするが、アリサの両手はガッチリと大剣を掴んで離さない。
既に、観客達はアリサ達の戦いを見ていない。だったら、本来の実力を発揮しよう。
「うーん。やっぱり、理性を取り戻すまで待った方が良いですかね? ゲームだと長く感じてましたが、実際はそこまで長くは無いでしょうし」
まるで、勝利する事が出来るような言い草。
バートランドに理性は無い。アリサが言っている事が聞こえても、理性がその言葉を意味する事は難しい。
だが、本能は鮮烈に感じとる。
目の前の少女が自分を見下している事に。
ソレは、バートランドにとっては何よりも耐え難い屈辱。
激怒する。
怒り狂い、獣のような咆哮を上げる。
今のバートランドは強敵だ。
並大抵の学生では太刀打ちする事は出来ない。戦おうとしても瞬殺されてしまう。今やそのステータスは迷宮主であるゴーレムすら超えている。
間違いなく、教師を呼んで助けを求めなければいけない状況。
少なくとも、学院の生徒一人が如何にか出来る案件では無い。
相手がアリサで無ければ。
「おっと。すいません。大剣は離すので……どうぞ、掛かって来て下さい」
アリサは両手を離す。
バートランドは再び大剣を振るう。
しかし、アリサの舐め腐った態度や行動が、更にバートランドの怒りを煽る。苛立って、ムカついて、腹が立って、更に理性は失われていく。
「―――――――――!!」
繰り出される攻撃は単純で単調。しかし、その攻撃力は脅威に一言に尽きる。直撃すれば、原型を留めずに殺し尽くされてしまうだろう。
さながら歩く災害。
だが、アリサに掠りもしない。
時に、僅かに体を逸らす事によって。時に、攻撃を受け流す事によって。時に、アクロバティックに動く事によって。
暴力による嵐を、いとも容易く回避して退ける。
(結構避けたと思うけど、後どれ位だろう? 割と時間は経過しているから、そろそろだとは思うけど……もう少し?)
ゲームでは『興奮』状態は数ターン継続する。
現実世界に置き換えてみると、精々数分程度がタイムリミットだろう。
その証拠に、次第にバートランドの勢いは衰えて来る。
後、もう少しだ。
(問題は、どうやってこの決闘を終わらせる? 勿論、僕が勝つのはあり得ないんだけど……そもそも、この状況ってどうやって終わらせるのが正解なんだ? やっぱり、相打ちとかに持っていくのが普通かな?)
アリサは閃く。
名案を。
上手く行けば、誰も不幸にならない。
そんな名案が……。
「あ」
考え事をしながら戦っていたのがいけなかったのだろう。アリサは地面の窪みにつまずいて倒れそうになる。
(不味い! コレは、直撃を食らってしまう……!)
アリサの脳裏に過る最悪の状況。
しかし、現実はそれよりも最悪な状況を作り出す。
勢いよく、倒れるアリサ。
眼前に居るのは、未だ理性の無いバートランド。
アリサの頭部が――バートランドの局部を強く打ち付けた。
「……がっ、ああっ!?」
「え?」
頭部に感じた柔らかい感触と、バートランドの苦悶の声。
ズシン! と、誰かの倒れる音。
転んだアリサが立ち上がった時、既にバートランドは気絶していた。
「え、ええ? これは……一体、どう言う事なんですか?」
何が起こったのか分からず、戸惑ってしまうアリサ。
決まり手が金的とは、想像もしていないのだろう。
しかし、状況は不味い。
仮に今、観客達が戻り、この状況を見ればどう判断するだろうか?
当然、アリサがバートランドを下したと思うだろう。
そうなってしまえば、再び悪目立ちしてしまう。何とかして、バートランドに勝利したと言う事実を無かった事にしないと……。
「お姉さま! 大丈夫かしら!? 取り巻き達に止められてしまったせいで、助けに来るのが遅れてしまって本当にごめんなさい! でも、ここから先はカミーラ・フォン・エヴァルドレッドも力になるわよ!」
タイミングが悪すぎる。
「え!? い、いえ。ここは危険なので、カミーラさんは急いで逃げて下さい!」
幸運にも、戦いの余波が強すぎるせいで周囲は砂埃に包まれている。
今はまだ、アリサがバートランドを倒してしまった原因は見られていない。カミーラを追い返せば、誤魔化す為の時間を稼ぐ事だって……。
「そこに居るのね? お姉さま!」
「危険だって言ってますよね!?」
砂埃で覆い隠されているが、近付けば何が起こったのか一目瞭然。
立っているアリサと、倒れているバートランド。
決闘の勝者が何方なのか明白。
カミーラは一瞬、驚きに目を見開く。
大きな声で叫ぶ。
「やったわよ! お姉さまが、バートランドに勝ったわよ! 圧勝も圧勝! ほら、やっぱりお姉さまが勝つに決まってるじゃない!」
止めようとするが遅い。
カミーラの吉報は、誰の耳にも届いた筈だ。
最初は疑わし気だったが、砂埃が晴れ、実際に結果を目の当たりにすれば誰もが信じるしかない。
大きな歓声。
全て、アリサを賞賛する声だ。
誰もが嬉しそうな顔をしている中、アリサだけが苦虫を噛み潰したような顔だった。
「……うん。この後の事は、未来の自分に任せよう」
アリサはグラウンドに後ろから倒れ、目を瞑るのだった。
「お姉さま!? 大丈夫!? まさか、あのバートランドに何かされたの!? ちょっと、誰か! 誰か来なさい! 早く!」




