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 不味い。寝坊してしまった。

 少女は廊下を駆ける。

 入学式が始まる時間はもうすぐ。

 もしも遅刻なんてしようものなら、さぞかし目立つ。ソレは少女にとって――基、乙女ゲームの主人公であるアリサにとっては何としてでも回避したいアクシデントだ。

 尤も、原因は彼女の寝坊なのだから自業自得ではあるのだが。


(不味い! 不味い! 不味い! このまま遅刻してしまえば、僕が考えた波風立たない平穏な学園生活チャートに支障が生じてしまう!)


 数年と言う時間を経て、幼子だったアリサは成長した。

 亜麻色の髪は肩に掛かる程度に伸び、2本のお下げに結ばれている。整った顔立ちに、目元を覆う大きな丸眼鏡。

 レンズの奥から翡翠の瞳を覗かせる。

 背はやや低め。体格は小柄。身に纏うのは、今年入学した学院の制服。清廉なデザインも相まってか、よく似合っている。


 尤も、アリサの中身は男性だったと言う前世の記憶も混ざってしまった結果、やや感性が男の方面に寄ってしまっている。

 可愛らしい、と褒められても素直に喜ぶ事は出来ないだろう。

 入学式が行われる講堂へは、廊下を真っ直ぐに進むだけ。曲がり角を曲がる、なんて複雑な道順では無い為、全力疾走すれば十分に間に合う。

 だが、ソレは廊下に誰も人が居なければの話だ。


「え?」


 曲がり角から姿を現すのは1人の金髪のイケメン。

 急ブレーキは間に合わない。

 このままでは金髪のイケメンと正面衝突してしまうだろう。


(…………いや、寧ろ故意ではない分思い切り衝突してしまっても致し方無し、と言う考え方も出来るのでは?)


 一瞬、良からぬ事を考えるが、曲がり角でぶつかってしまった結果、フラグが立ってしまっても困る。

 すぐさまアリサは考え直し、回避行動を取る。

 横では無く、縦に。


「え?」


 金髪のイケメンが声を漏らす。

 アリサは跳躍をする。そのまま三角飛びの要領で壁面を蹴り、空中を移動。金髪のイケメンを飛び越える。

 奇麗に着地を決めた後、金髪のイケメンに一瞥もする事無く講堂へ向かう。


「…………え?」


 一人置いてけぼりにされてしまった金髪のイケメンは、今度は困惑した様に声を漏らすのだった。




 ギリギリ滑り込みセーフ。

 慌ててやって来たので、沢山の同級生達に注目されてしまった。遅刻して入るよりも今の方が悪目立ちしているのでは無いだろうか? と思わなくも無いが、そう言った事実からは目を逸らす。

 それから間もなくして入学式は始まる。

 淡々と進んでいき、学園長の挨拶へと差し掛かる。

 壇上へと上がるのは白い髭を蓄え、威厳たっぷりな見た目をした初老の男性。確か『狂い咲く彩華』にも登場した筈だが、ゲームのチョイ役だった筈だ。


「君達がここルミナス学院に入学して来てくれた事を心の底から歓迎しよう。我が学院に入学すると言う事は、決して生半可な覚悟では……」


 ――ルミナス学院。

『狂い咲く彩華』の舞台となり、一癖も二癖もある攻略キャラ達が蔓延る万魔殿。本来であればアリサが入学する事の無かった学院。

 しかし、現にアリサはルミナス学院の新入生としてこの場に居る。

 歴史による修正力。


 或いは運命。

 そう言った、見えざる力によって、気が付けばアリサはルミナス学院に入学する事が決定してしまっていた。

 違和感に気付いた時は、時すでに遅し。

 既に入学は決定してしまっているのだから、どうしようも無い。後悔した所で、時間が巻き戻る事は無い。


(畜生! 運命が僕に味方してくれない!)


 頭を抱え、その場でのたうち回りたい気分だ。しかし、そんな事をすれば周りからの印象がどうなるかなんてお察しだ。

 只でさえ、平民と言う身分のせいで悪い印象を抱かれていると言うのに。

 ルミナス学院は名門の名に相応しい伝統と実績が積み重なっている。数多の優秀な人材を輩出し、充実したカリキュラムも用意されている結果、入学希望者は計り知れない数に上る。

 無論、その全てを受け入れる訳では無い。


 厳正なる審査や、難関とも呼べる試験を突破した結果、入学する事が出来るのはほんの一握り。つまり、内面は兎にも角にもとして、この場に居るのは全員が全員優秀な人物。そして、大半が平民であるアリサとは比べ物にならない程高貴な家の出――貴族様だったりする。

 捨て子であり、孤児院で暮らしていたアリサとは雲泥の差だ。

 そう言った背景もあり、平民を見下し、毛嫌いする貴族だって少なくはない。と言うより居た。実際にゲーム本編にも登場したし、何なら面倒事と言う名のイベントにも巻き込まれたりしてしまった。


(そう、だからこその波風の立たない平穏で平凡な学園生活チャート!)


 概要は読んで字の如く、目立たないように平穏な学園生活を送る事。攻略キャラと接触するなんて論外。目立たずに過ごせば、卒業するまでの3年間は前世と同じように普通の学校生活を送る事が出来るだろう。

 尤も、世界観が剣と魔法のファンタジーの為、色々と前提条件が崩れてしまいそうな気もするが誤差だ。

 学園長の話が終わり、入学式は進んでいく。


「次に新入生代表の挨拶です」


 そんなアナウンスの後に、壇上に姿を現すのは1人の男子生徒。金色の髪に、世の女性を虜にする様な甘いフェイス。

 立ち振る舞いや態度からは、高貴なる雰囲気が滲み出ている。

 アリサを除く、その場に居た女子生徒は誰も彼もが甘い吐息を漏らす。対するアリサは、内心で「うげぇ」と嫌そうな声を漏らす。


 金髪のイケメン。

 アリサが入学式を間に合わせる為に全力疾走で駆けていた時、危うくぶつかりそうになってしまった相手こそ、壇上に立つ彼その人だ。

 名をジュダス・フィリップ・リア・ハルフォード。

 この国の王子様にして『狂い咲く彩華』の攻略キャラの1人。


「……まあ、何とか最初のフラグは成立させなかった訳だけど」


 ゲーム本編では、主人公であるアリサとフィリップは入学式と向かう途中、曲がり角でぶつかってしまう事により互いに互いを意識し始める。

 ここではぶつかる直前に回避したので、そもそもフラグが成立する事は無いのだが……。


(改めて考えると、この国の王子様の頭を飛び越えるって中々に不敬なのでは? 最悪の場合、国外追放処分とか……? いや、だとすれば寧ろ、逆に好都合?)


 改めて講堂内を、目立たないようにグルリと見回す。

 ジュダスを始めとした他の攻略キャラも出席している。

 いっその事、偶然降って来た小さい隕石が全員の頭部に直撃して亡くなってくれれば、アリサの負担も減る物だと言うのに。


(でも『魔王』の件もあるからなぁ……)


 アリサが成長したのは見た目や身長だけではない。

『魔王』を単騎で倒せるかどうかは置いておいて、大抵の障害は1人でぶち壊せる程度には強くなることが出来た。

 これにて舞台は整った。

 不本意ではあるものの、乙女ゲームの主人公であるアリサを中心として『狂い咲く彩華』は始まる。

 勿論、本人は誰一人攻略キャラを攻略する気は皆無なのだが。


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