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課外実習とは学校行事の一つ。
しかし、下手を打てば死んでしまう可能性を孕む、危険な行事だ。
その内容は、とある迷宮へと潜り、一定以上の成果を上げる事。
――迷宮。
ファンタジー世界に於いては、定番とも呼べる存在。
この世界に於いても、そのイメージからかけ離れる事は無く、迷宮内部には魔物や宝。迷宮のボスである、迷宮主が存在する。
誰が、何の目的で作り出したのかも分からない、不可思議の塊だ。
アリサ達が居るのは、学院から少し離れた場所にある、切り開かれた森。今年入学して来た新入生が列になって並ぶ。
引率の教師が改めて課外実習の内容と、注意点の説明を行う。
「今回の目的は、迷宮内部で一定の成果を上げる事だ。ソレは、魔物を倒す事でも良いし、迷宮内の宝を入手するのでも良い。だが、油断は禁物だぞ? お前たちが挑むのは、迷宮だ。例え、どれだけ難易度の低い迷宮でも、常に「死」のリスクは付き纏って来る。全員、くれぐれも注意する様に」
説明が終わると同時に解散。
パーティーメンバーである、カミーラの元に集まる。
アリサとカミーラも含めてパーティーメンバーは4人。
残りの2人は、確かカミーラの取り巻きである事は覚えているのだが、どう言う名前なのかは知らない。
気付いたのか、カミーラは残りの2人に自己紹介を促す。
「初めまして。私の名前はアイン・フォン・ソフシール。今日は宜しくお願いします」
「初めまして。私の名前はマイン・フォン・ソフシール。今日は宜しくお願いします」
アインの髪色は桃色。マインの髪色は緑色。
何方も髪をサイドテールに結んでおり、左右対称になる様に、右と左に結んでいる。
容姿は瓜二つで、恐らくは双子。
髪色と髪型を同じにすれば、何方が何方なのか分からなくなってしまうだろう。
「彼女達は私の取り巻きなの。お姉さまだったら、彼女達を顎で使って貰っても構わないわよ?」
「「え?」」
「成程。そうですか。では、ブリッジしたまま奇声を発しながら、そこら辺を駆け回る――とかも可能なんですか?」
「勿論、可能に決まってるでしょ?」
「「え!?」」
明らかに、出来そうにないニュアンスの声だ。
ほんの冗談のつもりだったのだが、何故かやる流れになってしまった。
「……流石に奇声を上げるのは勘弁して欲しいです」
「ブリッジして、歩き回る程度で有れば、出来ない事もないですが」
そう言って、2人はブリッジをする。
両手両足を使ってスムーズに動く。
「わー、体が柔らかい」
無理難題でもそつなくこなしてしまうアインとマイン。もしかすると、彼女達は日々、カミーラからの無理難題に苦労しているのかもしれない。
少しだけ、彼女達には優しくしよう。
アリサはそう思った。
「ですが、お姉さま。本当に、その格好で挑むつもりなの?」
「はい」
今回挑む迷宮は、一番難易度の低い迷宮だ。
しかし、決して安全とは言えない。
迷宮内に蔓延る罠や、凶悪な魔物。
引率の講師が言っていたように、下手を打てば死んでしまう可能性もゼロでは無い。だからこそ、カミーラ達の備えは万全と言えた。
高価そうな防具に武器。
対するアリサは学院の制服に、無手。
間違っても迷宮探索に適した装備とは言えない。
「けれど、万が一の事もあるわよ? ここは教師に言って、装備を借りた方が……」
「大丈夫ですよ。カミーラさん」
これから挑む迷宮は一番難易度が低い。
間違っても、アリサが死ぬような事は無いだろう。
カミーラは、それでも納得していない様子を見せていたが、やがて大きく息を吐く。
「分かったわ。お姉さまを信じます。……けれど、無茶をしないでね? もしもお姉さまが死んでしまったら――私も後を追うから」
「……き、肝に銘じておきます」
冗談では無く、ガチのトーンだった。
仮にアリサが死んでしまえば、カミーラも後を追ってしまう事だろう。
絶対に死なないようにしよう。
迷宮の入り口は、やや大きめの門。
壁は存在せず、門のみがポツンと置かれている。
扉は既に開いており、同級生達は次々と門の中に入っていく。
貴族が迷宮探索に赴く。一見すると、貴族がする事ではない風に見えるが、アリサが住まう国――オルニア王国では珍しい事では無い。
オルニア王国は、迷宮と共に栄えてきた国だ。
故に、迷宮と国は切っても切り離せない関係。
貴族が迷宮へ挑むと言うのは、この国にとってはある種の伝統なのだ。貴族が貴族である為には。
尤も、アリサにとってはどうでも良い話だ。
「さて。お姉さま。そろそろ準備は良いかしら?」
「はい。大丈夫ですよ」
「因みに、どうしますか? 一定以上の成果を上げれば良いだけですが、迷宮内の魔物を幾つか狩りますか?」
「もしくは、宝箱を探しますか?」
魔物も、ファンタジー世界に於いては有名だろう。
魔力を持った動物。
それこそが魔物で有り、基本的に人間を襲う凶悪な獣だ。当然、迷宮以外にも存在しているのだが、迷宮に居る魔物は普通の魔物と違う。
迷宮では、倒した魔物は素材のみを残して消えてしまう。
故に、課外実習では魔物の素材こそが、評価の基準となる。
「一体何を言っているのかしら? 例え簡単に課題を済ます事が出来たとしても、コレは勝負の場! 他の誰よりも大差を付けて勝利したい、と思うのが自然な事だと思うのよ!」
「私は余り思いませんが」
「私もアリサさんと同じ意見です」
「右に同じく、です」
4人中3人がカミーラの提案を却下する。
しかし、残念な事にこのパーティーは民主制では無い。
「と言う訳で、目標はでかく! この迷宮の迷宮主を倒しに行きましょう!」
半ば無理矢理決定される。
「それじゃあ行くわよ!」
門の内側は深淵に染まっている。
目を凝らしても尚、その奥を見通す事は出来ないだろう。
今から、この中に入る。
少し怖いが、傍にはカミーラ達が居る。
だから、余り怖くない。
「それじゃあ、いっせーのーで! の掛け声で中に入るわよ」
「面倒くさそうなので、お先に失礼します」
「つまりの原因になるので、早く入った方が良いです。カミーラ様」
「そこ、段差があるので気を付けて下さいね。カミーラさん」
纏まりは無い。
それでも、このパーティーなら大丈夫だろう。
何となくそう思えた。
アリサ達は門の内側に、足を踏み入れた。