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アンジェラはそれから、以前にも増して社交的になりました。
毎日のように客人を招いて茶会を開き、貴族たちとの交流を深めていきました。
それも姉のウェンディを必ず同席させるのです。
「だってお姉様、いままでろくな社交場を経験していないでしょう?」
というのが、アンジェラの言い分でした。
「もう魔法師にはなれないんだから。貴族としての務めをきっちり果たさなくちゃ。ねえ?社交は貴族の義務なんだから。なんにも知らないお姉様に、私が手とり足取り教えて差し上げるわ」
しかしアンジェラは、茶会にウェンディを同席させながら、彼女になにも教えることはありませんでした。
今日の出席者の中で最も身分が高いのは誰なのか。
最新の各家の関係性。近頃貴族たちの間で流行っている、変わった形状の菓子の食べ方。
現王妃が好んでまとうという理由から、敬遠されるようになったドレスの色。
知らなければ粗相を働くことになるそれらの情報を、アンジェラはウェンディになにひとつ教えませんでした。
そして案の定ウェンディが失態を犯すと、途端に瞳を輝かせ、これみよがしに糾弾をはじめるのです。
「まあ!お姉様!なんていうこと!」
「みなさま申し訳ありません。万救の乙女であった姉は、世間に疎いのです。姉は魔法以外からきし不得手なのです。どうか私の顔に免じて、お許しください」
「もう、お姉様ったら、どうしてそんなこともわからないの?」
「姉は奉仕活動で庶民と関わることが多かったので、感覚も庶民に寄ってしまっているんですの」
「お姉様ったら、なあんにもできないのね」
「私これまでは、万救の乙女としての姉を支えて参りました。でもこれからは、凡庸な一人の人間としての姉を支える所存ですわ。正直なところ姉は伯爵令嬢としてはあまりにもお粗末ですから、私がしっかり貴族としての在り方を教えてあげないと、と思っておりますの」
「これ以上私に恥をかかせないでくれる?いつまでももと万救の乙女だからって許してはもらえないのよ。どうしてほかの令嬢たちと同じようにできないの?」
「困ったことに、姉は天性の怠け者なんです。だからわたしがなにを指摘してやっても、一向に改善しようとしないんです」
「そんなんじゃ誰にも娶ってもらえないわよ。一生独り身で、家を出ないつもり?」
「姉はこれまで自身の魔法の才にあぐらをかいて生きてきました。ですから私たちに合わせるということができないんです。見下しているんです、私たちのことを。ぼんやりしているようで、実はひどく傲慢なんですよ。ウェンディ・ダーリングという女は。妹の私が言うんですから、間違いありません」
「お姉様、あなた、我が家のいい面汚しよ」
「姉にはみなさまの同情を頂く資格などないのです。みなさまが相手をする価値などないのです」
「これ以上私やお父様やお母様に迷惑をかけたくないなら、家を出てよ」
「姉には関わらない方がいいでしょう」
やがてウェンディは空気のように扱われるようになりました。
茶会に同席しても、ウェンディに話を振る者はおりません。
それでいて、ウェンディがなにか粗相をすると、目ざとく気づいて忍び笑いをもらします。
アンジェラは姉に代わって非礼を詫びます。
「不出来な姉でお恥ずかしいですわ。私の顔に免じて、どうかお許しください」
その顔にはいつも満足げな笑みがありました。
当のウェンディは、いつもなにか言おうと口を開きますが、彼女が言葉を発する前にアンジェラが話題を変えてしまいます。
ウェンディは仕方なく口を閉じ、縮こまるしかありません。
傍から見ていて、ウェンディの姿は痛ましいことこの上ありませんでした。
ウェンディは優しい人でした。
万救の乙女の名に恥じぬ、思いやりのある、慈愛に満ち溢れた人でした。
そんな彼女がなぜ、このような扱いを受けなければならないのか。
姉妹のやり取りは、傍から見ていてひどく不快なものでした。
従者たちはウェンディに同情し、アンジェラを憎みました。
しかし表立ってウェンディを庇う者はいません。
ウェンディを庇ったために、多くの従者が職を失ったことを、彼らは知っていました。
彼らはただ見ていることしかできませんでした。
変わり行く姉妹の関係を。
妹が姉から、すべてを奪い取っていく様を。