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なぜ突然記憶が戻ったのか、その理由は未だにわかりません。
もしかしたらあの日、妖精の王は死んだのかもしれません。
やつが死んだために、私の封印は解かれたのかもしれません。
もしそうだとしたら、残念です。
生きているうちに、やつに一矢でも報いたかったです。
けれど、こうなっては仕方ありません。
やつには地獄で報いることとしましょう。
ですが、ウェンディ。
あの娘は、まだ生きているでしょう。
妖獣は今もなお人を襲うことなく、大人しいまま、深淵に蔓延っています。
それはおそらく、ウェンディがいるからでしょう。
あの女はきっと、妖精の王に連れられて入った深淵の中で、妖獣たちを癒したはずです。
アンジェラ様を殺した堕獣がそうであるように、人に対する敵対心を削ぎ落したはずです。
ウェンディは人びとによって創られた説話通り、深淵の女王として君臨していることでしょう。
堕獣と妖精に囲まれて、幸福に暮らしていることでしょう。
私は復讐します。
なにも知らないでいるウェンディに、この手記を突きつけてやります。
自分の幸福が誰の犠牲の上に成り立つ者なのか。
自分は誰の骸を踏みにじって生きているのか。
思い知らせてやるのです。
アンジェラ様。
私のただの一人の主様。
私は誓いを破りました。
貴方に人生のすべてを捧げることができませんでした。
お詫びのしようもありません。
ですが、見ていてください。
私は必ずや、貴方の汚名をそそぎます。
衆愚どもに真実をつきつけてやります。
幸い、貴方が残してくれた財が、修道院にはまだ多く残されています。
そのすべてを使って、私はこれを本にします。
国中にばらまき、民の認識を改めさせます。
そしていつか。
必ずや、深淵にいるウェンディのもとまで届けます。
待っていてください、アンジェラ様。
天国にいるであろう貴方の耳にも、きっと、あの女の慟哭を届けてみせますから。
これを読んでもなお、あなたは、アンジェラ・ダーリングを怪物令嬢と呼べますか。
もし未だにアンジェラ様を怪物だと、卑しい悪女だと思っているのなら、恥じなさい。
あなたの眼は曇っている。耳は遠く、鼻と舌は麻痺している。
この世のすべての真実からもっとも遠いところに、あなたはいる。
悔い改めなさい。
人間でありたいのなら。
貴方自身が、怪物に成り果てたくないのなら。
二度と、私の主を、
アンジェラ様を、怪物などと呼ばないでください。