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私は灰色砂漠の修道院に一時的に保護されたあと、再び侍女として働こうとしました。
けれどどこの屋敷を訪ねても、私は受け入れてもらえませんでした。
私はアンジェラ様の傍を片時も離れず、常に付き従っていたので、よく覚えられていたのです。
私は働き口を見つけられないどころか、正体を知られた途端、石を投げられる始末でした。
なにも覚えていない私は、アンジェラ様を憎みました。
どうして私がこんな目に合わなければならないのだ、と。
私は再び灰色砂漠の修道院に戻りました。
彼らだけが、アンジェラ様の侍女である私のことを受け入れてくれたのです。
修道院の人びとは、巷に流布する姉妹の物語を信じてはいませんでした。
馬車の御者を務めた修道士も、後悔していました。
彼自身はなにも嘘を言っていません。
彼は途中までしか観ていなかったのですから、半端な証言になってしまったのは、仕方のないことでした。
彼は決して、アンジェラ様を悪くは思っていませんでした。
彼だけではありません。
修道士たちは皆、アンジェラ様を尊敬し、感謝していました。
それまで修道院は、ごくわずかな寄付を頼りに、ギリギリの状態で運営されていました。
アンジェラ様の援助により、彼らの生活は劇的に改善しました。
寝床も、衣服も、食べ物も、質素ながら質のいいものに代わりました。
資金が足らず放置されていた老朽箇所はきちんと修繕され、これまでのものとは見違えるほど明るい照明具が設置されました。
またアンジェラ様は彼らに教育を施しました。
修道士たちはみな妖精に憑りつかれていましたが、妖精に憑りつかれるということはつまり、妖精の誘いに乗ったということです。
彼らの誘惑に負け、彼らに名前を与えてしまったということです。
妖精に憑りつかれる者は、妖精に対する知識の乏しい貧民か、欲望に弱い貴族崩れがほとんどでした。
アンジェラ様は貧困街出身の修道士に読み書きを教えました。
色狂いや酒乱、博徒のもと貴族たちに、厳しい躾を与えました。
修道院でアンジェラ様は令嬢の顔を捨て、山賊の女頭領のように振る舞いました。
貧困街で子どもたちを叱っていたように、自堕落な修道士たちの尻を叩いて回りました。
修道士たちは、はじめはアンジェラ様を疎ましく思っていました。
十代半ばの少女に叱られ、道理を説かれるのですから、おもしろくないのは当然です。
とはいえ、伯爵令嬢である彼女を無下にすることもできず、渋々従っていました。
彼らが絆されるのに、そう時間はかかりませんでした。
アンジェラ様が足を運ぶようになってから、修道院は見違えるほど明るくなりました。
彼らは月に一度のアンジェラ様の訪問を心待ちにしましたし、帰り際にはひどく名残惜しむようになりました。
アンジェラ様は彼らにとって、娘のような存在となりました。
母親の真似をして父親を叱る、口うるさくておせっかいで生意気で、愛しい娘に。
すべてはウェンディの快適な生活のためでした。
けれど修道士たちにとって、アンジェラ様こそ本物の救世主でした。
彼らは妖精がいなくなっても、修道院に留まり続けました。
故郷や家族のもとに戻ることはありませんでした。
彼らはアンジェラ様を待っていました。
妹を頼むわよ。
そう言ったアンジェラ様の言葉を、守ろうとしていました。
妹を連れてやってくるアンジェラ様のことを、いつまでも待ち続けていました。
彼らは私を快く迎え入れてくれました。
しかし、記憶のない私は、彼らのことを軽蔑していました。
怪物令嬢に騙された哀れな人たちだと思っていました。
それでも行き場のない私は、彼らの世話になるしかありませんでした。
私は修道士となり、灰色砂漠の修道院で、水棲植物の栽培を始めました。
すぐにはうまくいきませんでした。
修道院の大ホールの中に敷かれた水路を用いて栽培を始めたのですが、水棲植物は繊細で、水温や光量をすこし誤っただけで、すぐに枯れてしまいました。
繁茂した、と思っても、剪定を欠かせばすぐに病気にかかります。
非常に手がかかる植物を、私は必死になって育てました。
脇目もふらず、ただひたすらに、植物の面倒だけを見ていました。
それだけが唯一、心を安らげる方法だったのです。
私はいつも地に足がついていませんでした。
心に空いた大きな穴は、私の身体を軽くしました。
突風に吹かれれば、消し飛んでしまうほどに、私という存在を頼りないものに変えました。
植物を育てている間だけ、私は世界と繋がっていられる気がしました。
そうして五十年の月日が流れました。