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―――――――――



あるところに、特別な癒しの魔法を持つ乙女がおりました。

乙女は生きとし生けるもの、命あるものすべてを慈しむことができる、優しい心の持ち主でした。


乙女には妹がおりました。

乙女とは対照的な、醜い心の持ち主で、この世にあるなにもかもを自分のものにしないと気が済まない女でした。

この妹は、いつも姉のことを羨んでいました。

姉のような特別な力が欲しいと、人びとから称賛されるようになりたいと思っていました。


そこで妹は、妖精の王と契約を交わしました。

姉の力を自分に与えてほしいと。

妖精の王は契約に応じました。

対価に求めたのは、乙女の身柄です。

妹は姉を騙し、妖精の王のもとへ連れて行きました。

妖精の王は乙女の力を奪い、妹に与えようとしました。

乙女は抵抗しませんでした。

しかし力を奪う前に、最後にもう一度だけ魔法を使わせてくださいと嘆願しました。


乙女は、妖精の王を癒しました。


するとそれまで醜い怪物の容姿をしていた妖精の王は、見目麗しい青年へと姿を変えました。

それは王の本来の姿でした。

妖精が生まれながらにして持つ呪い、不治の病を、乙女は治してしまったのです。


妖精の王は乙女に深く感謝しました。

二人は瞬く間に恋に落ちました。

妖精の王は乙女に求婚しました。

乙女はそれに応えました。

けれど妹はそれを許しませんでした。


妖精の王は契約を破るわけにもいかず、乙女の力を妹に与えました。

ところが妹は、力を得ると、姉を連れて深淵を出て行ってしまいました。

そして妖精の避けのまじないがかかった屋敷の奥深くに閉じ込めてしまいました。


妹は嫉妬したのです。

乙女の力を得ただけでは、すこしも満足しなかったのです。


妹は乙女に嫉妬していました。

美しい妖精の王には、自分こそふさわしいと考えたのです。

忌まわしい姉を妖精が入ることのできない灰色砂漠の修道院へ押し込み、代わりに自分が、妖精の王のもとへ嫁ごうと考えたのです。


囚われの身となった乙女を、けれど妖精の王は放っておきませんでした。

彼は人の姿に化け、屋敷に入り、妹に冷遇される乙女を支えました。

屋敷の中で王はその力を振るうことはできませんでしたが、乙女の心の支えであり続けました。

固く結ばれた二人の絆に、醜い妹の入る隙など、少しもありませんでした。


やがて月日は流れ、乙女は成人し、妹の目論見通り修道院へ送られることになりました。

妹はこの日のために、ありとあらゆる手段を使って、乙女の居場所を奪ってきました。

乙女はさまざまな罪を着せられ、悪評を浴び、すっかり社交界の鼻つまみ者と化してしまっていました。

修道院に行くほか、道がなくなってしまっていたのです。


千載一遇のこの機会を、王はもちろん逃しません。

屋敷から修道院までの間は、馬車での移動となります。

屋敷を離れた王は、馬車を襲い、乙女をさらいました。

乙女は抵抗しませんでした。

むしろ自分から王の胸に飛び込んでいきました。


深淵の森に向かう二人に、妹は追いすがりました。

姉をなじり、美しい妖精の王にすり寄りました。

私こそ貴方に相応しい、と。

王は嫌悪をむき出しにして、妹を突き放しました。

強欲な女め。

お前はどんな妖精より、堕獣よりおぞましい怪物だ。


妖精の王は妹から力を奪いました。

そして本来の持ち主である乙女に戻しました。

乙女を引き渡さなかった時点で、契約は破綻していたのです。


王は乙女に詫びました。

二度とこのような契約は結ばない。貴方を傷つけない、と。

乙女は王を許しました。

二人は連れ立って、深淵の森の奥深くへ消えていきました。


愚かな妹は、二人のあとを追いました。

そして堕獣に食い殺されました。


なんの力も持たない、醜い醜い怪物令嬢は、骨の一片も残さず、無惨に死んでしまいました。




妖精の王と結ばれた乙女は、深淵の森の中で、妖獣を癒しました。

乙女に癒された妖精と堕獣は、人に対する敵対心を失い、深淵の森から出ることもなくなりました。

こうして、人を襲う妖獣は、この世からいなくなりました。

乙女は世界を救ったのです。


救世の乙女は、今でも深淵の中で、妖精の王と共に穏やかな暮らしを送っています。


救世の乙女、ウェンディはいつでも、人びとの幸せを願い、見守ってくれています。



―――――――――




人びとの間で真実とされたこの話を、私もまた信じていました。

世界を救った心優しい乙女と、彼女を一途に想った妖精の王を崇敬していました。

二人の邪魔をした、怪物の心を持った妹を軽蔑していました。

いえ、軽蔑どころか、憎んでさえいました。


なぜなら私はその怪物令嬢に仕えていたのです。


私は記憶を失っていましたが、周囲の人びとは覚えていました。

私が怪物令嬢、アンジェラ・ダーリングに仕えていたという事実を。

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