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我が生涯、唯一の主に捧ぐ

これはかの有名な、妖精の王と怪物の令嬢にまつわる物語です。

近年、巷では二人に関する戯曲や小説が多く出回るようになりました。

そのほとんどは、異類婚姻譚です。

妖精の王のもとに、人の娘、貴族の令嬢が嫁ぐ物語です。

美しい、愛の物語です。

けれど、真実はそうだったでしょうか?

これを呼んでいるみなさんはご存知ですが?

二人が実在したということを。

物語は作られたものではなく、事実を脚色して出来上がったものだということを。

……きっと知らなかったでしょう。


私は、真実を伝えるためにこれを書いています。


なぜ人に仇なす悪しき存在、妖精や堕獣が、忽然と姿を消したのか。

いまある平和は、誰によって築かれたものなのか。


私はここに、真実を書き残します。


たった半世紀前の出来事です。

けれど誰もが歪め、忘れてしまった事実です。


私はここに、敬愛する主の潔白を証明します。




*****




ジェームス・ダーリング伯爵には、二人の娘がおりました。

おっとりとした姉のウェンディと、気の強い妹のアンジェラ。

二人はそれぞれ優れた魔法の使い手でした。

特に姉のウェンディの魔法は特別で、彼女だけが使える、唯一無二のものでした。


それは万物を癒す回復魔法です。


彼女の魔力は非常に純度が高く、どんな生命も拒絶反応を示しませんでした。

ふつう、回復魔法は、術者の魔力と同質の魔力を持つ者にしか効きません。

炎の魔法を得意とする者は、同じく炎の魔法を得意とする者を回復させることができます。しかし水魔法を得意とする者を回復させることはできません。

異なる性質の魔力が交わると、拒絶反応を起こすからです。

拒絶反応が起これば肉体に大きな負荷がかかり、回復させるどころか、相手を殺しかねません。

ですがウェンディの回復魔法は魔力の性質に左右されませんでした。

誰であろうと治すことができたのです。

人だけでなく、魔力の性質が大きく異なる堕獣や妖精でさえも、ウェンディは治癒することができました。


それは彼女だけが持つ特別な才能でした。


彼女の魔力は非常に純度が高く、一切の不準物が混じっていなかったので、どのような性質の魔力にも適応できたのです。

どんな液体にも溶ける水、とでも例えましょうか。


ウェンディの才は魔力だけに留まりません。

彼女はそれを操る能力にも長けていました。


回復魔法は繊細な魔力操作を必要とします。彼女は無数の針の穴に糸を通すようなその作業を、難なくこなしてみせました。

まるで手芸に興じるかのように、穏やかな笑みを浮かべたまま、ウェンディはどんなものでも治すことができました。


ウェンディの魔法にはその人柄がよく現れていました。


彼女は穏やかで優しく、誰とでも仲良くなることができました。

家族も、領民も、みな彼女を好いておりました。

人に害なす堕獣や妖精でさえ、彼女に手を出しませんでした。

むしろ彼女に好かれようと、すり寄るモノさえあるほどでした。


彼女は誰にも分け隔てない態度で接しました。

彼女はだれにも慈愛の眼差しを向け、救いの手を差し伸べました。


盗みを働いた罰に痛ぶられた女であろと、悪臭を放ち虫にたかられる貧しい老人であろうと、おぞましい見た目をした堕獣であろうと、同じように手を差し伸べ、魔法を授けてやりました。


ウェンディは崇高でした。

回復魔法の才に恵まれるのも当然だと思える、奉仕の精神を持ち合わせていました。


誰の、どんな傷をも癒す、慈悲深き伯爵令嬢の名声は、すぐに国中に知れ渡りました。


まだ十三歳になったばかりの少女に対し、国王自ら、宮廷魔法師として迎え入れたいと打診するほどでした。


より多くの人の役に立てるなら、と、ウェンディはそれを快く引き受けました。

両親も、子の受けた名誉に誇らしげでした。

家令や領民も、我が子のことのように喜びました。


反対したのは、妹のアンジェラだけでした。


「お姉さまは魔法しか能のない女よ?それが宮廷入りなんて、末代までの恥をかくだけじゃない!」


アンジェラは快諾した姉を罵倒し、応援する両親を罵り、しまいには姉を引き立てようとした国王陛下にまで悪態をつきました。


「どいつもこいつも馬鹿ばっかり!なんにもわかってないわ!」


陛下は温厚なお方でした。

不敬極まりないアンジェラの発言を、姉と離れる寂しさから出たものだろうと、笑って許してくださいました。

両親は姉の栄進を喜ばないアンジェラを理解できず、困惑するばかりでした。

お前たちは仲の良い姉妹だったじゃないか、と。

どうして急にそんなことを言い出すんだ、と。

なじられたウェンディ当人は、戸惑うどころか申し訳なさそうに謝りました。


「ごめんなさい。あなたに迷惑はかけないようするから……」


それを聞いて、アンジェラの憤りは頂点に達しました。


「迷惑?迷惑ですって?いまさらなにを言ってるの?今までどれだけわたしがお姉さまに振り回されたの思ってるの?ふざけないでよ。いい加減にしてよ。わたしが今までどんな気持ちでいたか少しは考えてよ!」


アンジェラは小さな子どものように癇癪を起こしました。

いえ、この時点でまだ、彼女はたったの十一歳でしたので、年相応の反応だったわけですが。


「お姉さまには人の心がないのね。だからそんなこと平気で言えるんだ。だってお姉さまは、穢らわしい堕獣や妖精にも愛されるようなお人だもんね。ふつうじゃない魔法が使えるもんね。やっぱり宮廷になんか行かない方がいいんじゃない?人間より妖獣に近いんだから。――――お姉さまは宮廷なんてふさわしくない。怪物たちと深淵にいるのがお似合いなんだから!」


それひどい侮辱でした。

深淵とは人ならざるモノ、怪物たちの領域を指します。

王国の南部に広がる、黒い森林地帯のことです。

そこに巣食う堕獣は人を食います。

そこに蔓延る妖精は人を拐かし、弄び、堕落させます。

アンジェラはウェンディを、そんな怪物たちと同列に語ったのです。


さしものアンジェラも、失言だったと思ったのでしょう、それだけ言うと逃げるように屋敷を飛び出してしまいました。


陛下とダーリング伯爵夫妻は、怒りを通り越して呆れ果てていました。

放っておこう。

少し頭を冷やさせてやろう。

そう言って、執事に連れ戻すよう命令しました。

自分たちで追いかけることはしなかったのです。

けれどウェンディは執事と共に妹の後を追いかけました。

優しい彼女は、自分を怪物呼ばわりした妹であっても、放っておくことができなかったのです。


アンジェラを捕まえることは容易ではありませんでした。

彼女は馬を駆って飛び出したのですが、乗馬が得意だったため、あっという間に屋敷から遠ざかってしまいました。

泣きながら闇雲に走り、知らぬ間に、深淵の中に入り込んでしまいました。


伯爵家の領地は深淵の森に隣接していたのです。


ウェンディと共にアンジェラを追いかけた執事は、妖獣を恐れ、深淵に入ることができませんでした。

しかしウェンディは臆することなく深淵の森へと入って行きました。




その後、中でなにがあったのか、正確なところはわかりません。


二人は無事に戻ってきました。

怪我のひとつもありません。

けれどそれ以降ウェンディは、一切の魔法が使えなくなってしまいました。


「森で妖精に呪われたの」


それがアンジェラの言い分でした。

ウェンディは森での出来事をほとんど記憶しておりませんでした。

そのためアンジェラが、唯一の証言者となりました。


「森の中で、わたしは堕獣に襲われたの。一匹だけだったし、小さかったから、わたし、自分で倒したわ」


ウェンディほどではありませんが、アンジェラにもまた魔法の才がありました。

彼女は風の魔法を得意としており、自分の身体を浮かせたり、旋風を起こすことができました。

旋風の威力はなかなかに強烈で、鎧をまとった大男を吹き飛ばしたこともあるほどでした。

ですから、堕獣を一匹アンジェラが倒したといわれても、さほど不思議はありません。


問題はそのあとです。


「堕獣を倒したところに、お姉さまが来たの。わたし、そのときにはもう冷静だったから、帰ろうって言ったわ。はやくここからでなくちゃって。でもお姉さまは、わたしの言うことなんかぜんぜん聞かないで、堕獣の治療をはじめたの」


妹を襲った怪物であっても、ウェンディにとっては慈しむべき生き物だったのでしょう。

まさに万救の乙女。

二つ名に恥じない善行です。


「そしたら案の定、妖精が寄ってきたの。そいつはとてもおぞましい見た目をしていたわ。死んだ赤ん坊をドブにつけて縫い合わせたような――――そいつが放つ魔力もまがまがしくて、強大で――――そいつにひと睨みされただけで、わたし、動けなくなった。声も出せない、指ひとつ動かせなくなったの」


強気なアンジェラにしては考えられないことです。

彼女はこれまでどんな大男や堕獣を相手にしても怯みませんでした。

そんな彼女が動けなくなるほど怯えたなど、にわかには信じ難い状況です。


「でもお姉さまは怯まなかった。いつものとぼけた笑顔で、こんにちはって挨拶までして見せたの。それからまた治療に集中したわ。妖精はお姉さまを睥睨しながら言ったわ、見た目通りのおぞましい声で、『自分は妖精の王だ』、って」


それが、ウェンディと妖精の王の出会いでした。

アンジェラは動けない代わりに、二人のやりとりを頭に焼き付けたそうです。

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