6、初仕事
一晩しっかり休んで、翌朝早朝から出勤する。昨日説明を受けた仕事内容は、宿の食堂での調理・給仕・掃除・洗濯・厩舎の餌やりと、宿での業務全般だった。少しずつ慣れてくれたらいいと、レイラさんは言ってくれたけど、戦力になるように頑張りたい。
チュニックにパンツを着て、エプロンと三角巾を装着する。動きやすい方が良いかと考え、パンツスタイルにした。
「よし!今日から頑張るぞ〜。」
やる気も十分に、階下に降りる。
「おはようございます!」
「おはよう。今日から頼むね!こっちにきて仕込みの手伝いをしておくれ。」
レイラさんが厨房から顔を出しながら、私を呼ばれるのであった。
ランチタイムが終わり、レイラさんと一息つく。今は食堂のテーブルでティータイム休憩だ。今日はいつもより盛況だったようだ。私は今までを知らないので、実感が湧かなかったが、ランチ待ちの列ができたときいて驚いた。
確かにひたすら作っては出しを繰り返して、洗い物が追い付かなかった…。学生時代の飲食店のアルバイトがこんな感じだったと、その疲労感も懐かしく思いながら、調理作業に集中していた。
30食分しか無かったので、30人より後ろのお客さんには説明して、明日来てもらうことで話がついたとレイラさんから報告を受けた。私の作ったファルファッレのパスタとミートソースが評判だったらしい。
「並んで待っていた人数も20人はいたからねぇ。明日も今日くらいの忙しさになりそうだね。」
レイラさんも初めてのことで、驚きを隠せないようだった。
「何でも、ランチを食べた客から聞いたらしくてねぇ、店に入りきらないもんだから、店の外で待ってもらっていたのさ。そうしたら、並んで待ってる列を見て、近所の連中も加わって行列になっちまったんだよ。この辺りの店で、行列なんて珍しいからねぇ。」
「あぁ、行列に集まった感じなんですね。」
「まぁ、私の料理は量と値段がウリで味は二の次だからねぇ。それが、量もあって美味い料理に変われば、アイザックが言っていた通り話題になるだろうさ。おまけに料理自体も珍しいとくれば、年齢関係なく興味を持つだろうねぇ。」
「この街の食文化が分からないですが、料理自体はそんなに大きくは変わらないと思うのですけど…。レイラさんの料理に少し足しただけですし。普段皆さんはどんなものを食べていますか?主食とか…。」
「そうさね、昨日の昼にリンが食べたものが一般的だよ。パン・スープにおかずが1・2品ってところかねぇ。リンの故郷は国境の山奥と言っていたね?そこでは、こういう料理が一般的なのかい?」
「……そうですね。外国人も受入れるところで、色々な国の文化や情報がありましたね。異国文化に影響を受けながらも、自分たちの良いように融合したりして独自の文化を築いています。
それと自然に逆らわず、自然と共存し寄り添って暮らす文化です。だから、魚や動物も食べますし、野菜などの農業も盛んです。その中でも主食のお米を育てたり、自給自足することが基本です。ですから、一つの食材でも色々な食べ方をしたり応用したり、“コレはコレ”みたいな決まりがないんですよね。」
「はぁ、なるほどねぇ。変わった集落にいたんだね。異国文化が日常にあるんだったら、いろんな食べ方なんかを知っているのも納得さね。それにしても慣れた手捌きだったじゃないか。料理人として働き口を探した方が良かったんじゃないかい?」
「いいえ。料理は好きなだけで、仕事は別のことをしたいんですよ。故郷から持ってきた魔道具を使って、商売をしたいと考えているところです。こちらに来たばかりで、生活の基盤も無いので、住居と開業資金を貯めるところから始めようと思っています。」
「へぇ、そうかい。どんな商売をやりたいんだい?」
「カメラという道具を使って、目で見たものを紙などにそのまま写し取る”写真”というものを作る仕事です。例えば、友達や家族の顔や風景、動物をカメラで撮影すると、その瞬間の姿が保存できて、いつでも見返すことができます。その写真を10年・20年、もっと先の未来に残すことができるんです。
カメラの中には光を捉える仕組みがあって、その光を使って絵を描くように画像化することができます。普段の姿はもちろんですが、結婚する記念日や誕生日の記念日、成人の記念や家族の記念日などのお祝いに撮影することを仕事にできたらと考えています。説明だけでは伝えにくいので、レイラさんを撮影させてもらえますか?」
「面白そうだね。見せてもらった方が早そうだね。一度見せてもらえるかい?」
「はい!カメラの準備をしてきますので、レイラさん簡単にで結構ですから、服装やメイクを整えておいてもらえますか?」
そうして部屋に戻りカメラバッグを持って、食堂に降りると、アイザックさんが店の入り口から入って来た。
「いらっしゃいませ、アイザックさん。」
「あぁ、ランチの行列ができていたと聞いてな、俺も冒険者仲間に宣伝した責任もあるからな。二人がバテていないか様子を見に来たんだ。」
「見ての通り、私もリンも元気でバテちゃいないさ。それに今、リンのカメラってヤツで写真とやらを撮ってもらうところさ。」
「ああ、そのようだな。しかし、レイラも撮ってもらうんだな。せっかくだから店に飾ったらどうだ?」
「そうさね。リンできるかい?」
「はい、もちろんです!飾れせてもらえるなんて嬉しいです!板に転写しますから、それを食堂に飾りませんか?レイラさん、厨房裏に置いてある大きめの板、使わせてもらってもいいですか?」
「あぁ、あれは雨漏りを直す時に余った板だから、構わないよ。」
「では、まずは撮影しましょう。」
明るい店内には、午後の柔らかい光が差し込んできている。逆光でレイラさんの温かさを表現できたらな。お母さんのような、頼もしく温かい雰囲気の写真にしたい。イマジネーションを働かせ、出来上がりのイメージをする。
レイラさんに、立つ位置と体の向きを指示して、手にはトレーを持って、普段の働く姿に近いポーズにする。
アイザックさんは映り込まないように、他のテーブルにつき、肘をつきながら撮影の様子を見ていた。
「レイラさん、体の向きは右に向いて少し斜め向きで、顔だけ私の方に向いてもらえますか?スタイルが良く見える角度なので、そのまま私が持ってるカメラの、この丸いところを見てください。」
説明しながら、レンズ部分を指で差してここです、と示す。私はカメラを縦に構えて、ブレないように脇をホールドする。そしてテスト撮影に1枚シャッターを切る。カシャッ。もう少し明るく撮りたいな。絞りは数値を低くして開けてあるから、シャッタースピードを遅くする。カシャッ。うん、いい感じね。
露出が決まったので撮影する。
「それでは、撮影していきますね。レイラさん最近、一番笑ったことや面白かった出来事を思い出してみてください。」
「それなら、今日のランチに来たタイラーが最近太り過ぎたのか、食べ終わった後、ヤツの腹のシャツのボタンが飛んじまったのさ!思い出しただけでも笑っちまうね!アハハハハッ!」
「タイラーか、確かにアイツ夜飲み歩いてるって言ってたからな、ハハハッ!ボタンを飛ばすほど、腹が膨らんでいるんだな。」
レイラさんにつられて、アイザックさんも笑う。シャッターを切っていく。
カメラ目線だけじゃ無くて、仕事風景も撮影する。給仕している場面、シーツを干している場面、掃除している場面など、レイラさんの様々な仕事ぶりを撮影させてもらう。
「はい、オッケーです。撮れましたよ。」
オッケーを出し、レイラさんにカメラの液晶モニターを見せる。驚きながらも感心しながら画像を見つめている。アイザックさんも後ろから覗き込んでいる。
「これが写真てやつなんだねぇ。リン、スゴイじゃないか!いつもの私じゃないみたいだよ!」
「そうだな、いつものレイラより、女らしいというか優しそうな雰囲気に写っているぞ。」
「なんだい、女に見えないってのかい?ケンカなら喜んで買うよ!」
「いやいや、そういう意味じゃなくてだな…!とにかく良く撮れているって意味だ。」
その二人のやりとりを聞いて思わず笑ってしまう。
「フフフッ。アイザックさんの言いたいこと分かります。まず、今回の撮影は逆光と言って、レイラさんの輪郭が輝いて、神秘的な印象になります。そして顔を明るく映るように調整しているので、背面からの後光効果で柔らかい明るさになっています。
髪の質感や体の輪郭が逆光によって強調された上で、顔に当たる光は柔らかいので顔のアラが目立ちにくく、より綺麗に見えるように撮影しました。
それに、様々な仕事風景も撮らせてもらいました。背景ぼかして、レイラさんが際立つように撮りました。」
その説明を聞いて、2人とも感心している。
「そんな風に考えているなんて、技術や知識がないとできないことと思えるよ。リンはすごいね!」
「そうだな、どう映すか出来上がりを考えているとは驚いたな。考え方で言うと職人連中に近いかもな。」
そうして何枚か写真を確認してると、また空中映像が現れた。レイラさんによく似た、けれどレイラさんよりふくよかな女性と、5・6歳くらいの女の子が浮かび上がる。
二人は親子なのか、一緒にベッドメイキングしたり、掃除をしたりと仲良く笑い合いながら、働いている様子が浮かんでいる。女性は、愛おしそうな表情で、女の子を見守っている。この女の子って、もしかして…レイラさん?それじゃ、この女性はレイラさんのお母さんかな…。
「おや、これは…。母さんと…子供の頃の私…?」
「やはりそうですか?このカメラで撮影すると、その人の中にある想いや思い出も、一緒に切り撮ることが出来るんです。」
「そうかい…。この宿は母さんが始めた宿でね、旅人や冒険者がくつろげるような宿にしたいっていうのが口癖だったのさ。流行病で死んじまうまで、ずっと働いていたよ。
私も子供ながらに母さんの真似をすることが楽しくてね、いつも後ろをついて回っていたのさ。大人になったら宿屋を継ぐと心に決めていたしね。…懐かしいねぇ…。母さんの顔、忘れかけていたよ…。久しぶりに見れて、嬉しいねぇ…。」
しみじみと空中映像を見つめるレイラさん。その目は、少し潤んでいる。この宿は、レイラさんとお母さんとの想いの詰まった居場所でもあり、絆でもあるんだな…。
「良いもの見せてもらったよ…。リン、ありがとうね。あんたのやりたい仕事は、素敵な仕事なんだね。」
「俺もハンナさんには駆け出しの頃に、色々世話になったからな…。懐かしいな…。また会えると思ってなかったな。改めてリンのカメラと写真はすごいな。」
二人がハンナさんとの思い出について話し込んでいる間に、板に転写してしまおう。空中映像付の方は、まともな紙がないので、持っていたメモ紙に転写する。少しざらついた質感で紙自体はペラペラだけど、この素敵な思い出を形に残してあげたい。
メモ紙は手に平くらいの大きさなので、画像と空中映像の両方をプリントするイメージで魔法を発動する。少し光った後、綺麗に転写できた。これは後でプレゼントしよう。
次に厨房裏にあった、様々な大きさの廃材の板を運んで、空いているテーブルの上に置いた。組み写真のように、大きい板、小さい板、正方形、長方形の多様な板を並べて、どの板にどの写真を転写するかをイメージする。
そうして、液晶モニターに一番良い表情の画像を表示させると、一番大きな板の上に手をかざす。その画像を板にプリントするイメージをしながら、魔法を発動する。板が軽く光り始めて、周囲にその光が広がる。そして光が収まり、板を確認すると板一面にレイラさんのトレーを片腕に乗せた上半身姿が写っていた。
「できました!」
と、重い板を立てて二人の方へひっくり返して声をかける。
「……。」
「……。」
あれ?反応がない…?
「リン!これはスゴいな!本物がいるみたいだ。」
「そうさね、私が二人いるみたいだよ!それに綺麗に写してもらえて嬉しいもんだねぇ。」
「フフ。ありがとうございます。喜んでもらえると励みになります。」
その後、他の板にも転写していき、”月光亭主人の一日”という組み写真が出来上がった。
アイザックさんが手伝ってくれ、階段下の壁面に飾る。
「来た客にも見てもらえるいい場所に飾ったな。」
満足げに頷き、二人で写真板を眺めていると、そろそろ夜営業の準備をするよ。と、声をかけられる。
「俺はこのまま、夕飯を食わせてもらうよ。注文取れる時間まで待たせてもらうぞ。夕飯も楽しみだ。」
そう言いながら、アイザックさんは一番奥のテーブルについた。それを見たレイラさんが、アイザックさんのテーブルにお冷の木製杯を持っていく。それを見送り、私は厨房へ入り仕込みを開始した。




