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写真で奇跡を起こします!絆をつなぐフォトグラファーの異世界物語  作者: 鶴丸 左京
第一章:フォトグラファー異世界へ
30/31

30、辺境伯の申し出2

 

 ガルド様は私の話を受け止めたあと、しばし目を閉じ、深く息を吐いた。


「……リン殿。お話しくださったこと、感謝いたします。」


「辺境伯様……。」


 柔らかく微笑むガルドの顔に、一瞬だけ逡巡の影が走る。

 やがて、低く落ち着いた声が続いた。


「まさか……異界からの来訪者であったとは。……私の父や祖父からも、昔語りのように『異なる世界から人が来ることがある』とは聞いておりましたが……まさか、今この目でその証を確かめることになるとは。」


 驚愕の色がにじむ眼差しは、同時に深い思索を含んでいた。


「……失礼を承知で尋ねます。リン殿。貴女が来られた“世界”とは、どのような場所なのですか?」


 私は少し迷ったあと、静かに答えた。


「私の世界は……魔法も、妖精もいない。ただ、人が学びと道具で暮らしを築いた世界です。……カメラという道具も、そのひとつで……。」


「……なるほど……。」


 ガルド様は顎に手を当て、瞑目する。


「魔法なき世界……だからこそ、この“写真”というものは奇跡のように映るのか。」


 その言葉には単なる驚嘆だけではなく、深い敬意があった。


「リン殿。貴女は……ご自身がこの地に現れたことを、どう思っておられるのです?」


 問いは真剣だった。

 私は少し息を詰め、胸の奥を探る。


「……正直に言えば、まだ答えは出ていません。けれど……この世界で、人の心を少しでも救えるなら……それが私の役目なのかもしれない、と。」


 私の答えを聞いたガルド様は、しばし目を伏せ、やがて静かに微笑んだ。


「……そうですか。ならば、この地に現れたことは決して無意味ではない……。少なくとも、あの子にとっては。」


 そう言って机上の鈴を鳴らした。

 控えていた執事が音に気づき、静かに部屋へと姿を現す。


「アルノ。」


 短くそう命じたガルド様に、私は小首を傾げる。

 ガルド様は私に向き直り、ゆっくりと告げた。


「先ほども本題であったのは確かです。ですが……実はもうひとつ、大切な本題がございます。」


「……?」


「──レナリアが、貴女にお礼を申し出たいと、自ら願ったのです。」


 その言葉に胸が跳ねる。あの、ずっと心を閉ざしていたレナリア様が……。


「三年ものあいだ、あの子は人と言葉を交わすことすらできなかった。しかし……貴女の写真を前に、初めて涙を流し、声を取り戻した。……それからというもの、彼女は日を追うごとに変わっていきました。──そして今日、ついに『リン殿に直接お礼を言いたい』と。」


 語る声は、ひとりの領主のものではなく、深く愛する者を案じる叔父の響きを帯びていた。


 やがて、執務室の扉が再び開かれた。

 淡い青のドレスに身を包んだ少女が、ゆっくりと足を運んでくる。

 その姿は、細い肩と揺れる金の髪がいかにも儚げだけど、一歩ごとに必死の決意が込められていることが見て取れた。


「レナリア……。」


 ガルド様の声に励まされるように、少女は小さく頷き、私の前に立つ。

 喉が詰まったように何度も言葉を飲み込み、胸に手を当てて必死に息を整える。

 ──三年ぶりの挑戦だった。


「……り……ん、さま……。」


 震える声。

 それでも、確かに届いたその呼びかけに、瞳が潤む。


「わたし……ずっと……こわくて……だれとも、はなせなくて……。」


 ぎゅっと握った手が白くなる。


「でも……あの、しゃしんを見て……おにわの……ひかりのなかの……わたしを見て……。」


 頬を伝う涙をそのままに、必死に言葉を絞り出す。


「……しゃしんを、見たとき……。……こころが、あたたかくなって……。……そこには……お父さまと……お母さまがいて…………ひとりじゃないって……思えたんです。」


 声が掠れる。唇を噛み、涙をこらえようとするが頬をつたってしまう。


「……もう二度と、会えないって……わかっているのに……。でも……あのときは……まるで……生きていて、笑ってくれているみたいで……。」


 両手で胸を押さえ、ひとつ息を震わせる。長い孤独の年月が、その声に重なって響いた。


「悲しかった……。すごく……。どうして、いないのって……。どうして、もう話せないのって……。胸が、いっぱいで……苦しかった……。」


 しかし次の瞬間、彼女の瞳には涙の中に光が宿った。


「でも……それ以上に……ああ、わたしはひとりじゃないんだって……そう思えたんです。あの笑顔が……わたしを包んでくれて……。わたしは、まだ……大切に想われているんだって。」


 その声は震えていても、確かな強さを秘めていた。


「だから……リンさま。……ありがとう。……ほんとうに、ありがとう……。あの写真を見せてくれなければ……きっと、わたしはずっと……心を閉ざしたままでした……。」


 言葉を終えると同時に、レナリア様は涙に濡れた頬を隠すように顔を伏せる。

 それでも、その口元にはほんのりと微笑みが浮かんでいた。


 途切れ途切れの言葉。

 ──亡き両親の不在を再び突きつけられながらも、彼女は確かに「温もり」を受け取っていた。

 それでも懸命に想いを伝えようとする姿は、幼さと強さを併せ持つ。私は胸に込み上げるものを抑えきれず、ただ静かに頷き続けた。


「ありがとう……。りんさま……。あなたのおかげで……わたし……。」


 レナリア様は涙で濡れた笑みを浮かべた。

 それは、三年もの間、誰も目にすることのできなかった微笑み。


 傍らで見守るガルド様の瞳に、深い感動と安堵の色が浮かぶ。

 声を荒げることなく、ただそっと拳を握り、目頭を押さえた。


「……よく言えたな、レナリア。」


 叔父としての想いが滲む低い声。

 その空気に包まれながら、私も涙を拭い、レナリア様の手をそっと取った。


「レナリア様。わたしの方こそ、ありがとうございます。」


 二人の手が重なる。

 その瞬間、閉ざされていた少女の時間が、確かに再び動き出したと私は感じた。




 涙を拭った後、リンは少し考え込むように視線を外へ向け、そっと口を開いた。


「……レナリア様。もしよろしければ……お庭を散歩しませんか?」


 レナリアは驚いたように瞬きをしたあと、やわらかに微笑んだ。


「はい、……久しぶりにいってみたいです。」


 私たちは立ち上がり、庭園へと向かう。

 ガルド様はついて行かず、庭園の入口に立ったまま見守ることにしたようだ。


 ──夕暮れの庭園は、淡い橙色の光に包まれていた。白や赤の花々が風に揺れ、鳥の羽ばたきのように小さな光粒が舞い降りる。


 そのとき。

『リン、リン! こっち! こっちだよ!』

『お嬢さんを連れてきたのね。ようやく会えるわ。』


 澄んだ声が風に重なって響く。姿を見せたのは、手のひらほどの妖精たち──エルメルド、ピオラ、リィナ、シェルだった。

 リンは思わず笑みをこぼす。


「みんな……。」


 レナリアは首を傾げる。


「りんさま……だれと…おはなししているの?」


 私は頷いて、そっと説明するように言った。


「……妖精たちです。ここだけの秘密ですが、私は妖精とお話ができるのですよ。みんながレナリア様に会いたくて、出てきてくれました。」


 レナリアは目を見開き、息を呑む。


「妖精さん……? ほんとうに……?」


 リンが少し身を傾けると、ピオラが弾む声で言った。


『そうそう! 私たちよ! ずっと会いたかったんだから!』


 リンは微笑んで訳す。


「ピオラが……“ずっと会いたかった”って言ってます。」


 リィナがふんわりとした調子で続ける。


『ようやく会えたね。……あなたの中に、あの人たちの気配があるから。』


「リィナは……“あなたの中に、ご両親の気配を感じる”って。」


 レナリア様の瞳が揺れる。思わず胸元に手をあて、震える声を漏らした。


「……お父様と、お母様の……?」


 エルメルドが低く落ち着いた声で言葉を投げかける。


『君はもう一人じゃない。彼らの願いも、愛も、私たちが覚えている。』


「エルメルドは、“もう一人じゃない”って。」


 レナリア様は両手を胸に重ね、涙を零した。


「……本当に……私、一人じゃないのね。」


 その横で、シェルが飛び回る。


『泣いてないで笑って? せっかくきれいなお花もあるんだよ。』


 私は小さく笑って訳した。


「シェルが、“泣いてないで笑って”って……。」


 レナリア様はくすりと笑い、涙を拭った。


「……ふふ。なぐさめて…くれるの…。」


 妖精たちは花の上を跳ね、光の軌跡を描きながら舞い踊る。その光景に包まれたレナリア様は、かつて失った両親の温もりを、確かに感じているようだった。




 ──庭園の入口から、それを見守るガルド。


(……不思議だ。リン殿の周囲に、自然と葉や花びらが舞い、まるで世界そのものが彼女を抱擁し、歓迎しているかのようだ。)


(この世界が彼女を愛し、受け入れている。界渡りの者ゆえか、それとも彼女の心根ゆえか……。)


(だが、この事実を世に知られれば、彼女はどうなる? 写真の力は魔法と偽り通せよう。だが……妖精と語らえるとなれば、彼女はただの客人では済まぬ。人々は利用価値を見出し、国王とて例外ではあるまい。)


(……守らねば。だが、どう守る? 報せるべきか、秘すべきか。娘の笑顔を取り戻すために与えられたこの奇跡……その代償がリン殿の安寧を奪うものであってはならぬ。)


 ガルドは、光に包まれるレナリアの横顔と、柔らかく微笑むリンの姿を見つめながら、胸中で静かに葛藤を深めていった。

 

読んでいただきありがとうございます。

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