27、幕間 アイザックのまなざし2
「若い頃、俺は『白銀の環』という冒険者パーティーに所属していた。
男三人、女二人。剣も魔法も支援も揃って、バランスは良かった。だが、それ以上に――仲間は家族みたいな存在だった。」
メンバーは、
セリナ・リヴィエール
水と光の魔導士。冷静沈着だが、俺たちに見せる笑みは柔らかく温かい。……俺の恋人でもあった。彼女の光は、夜道を照らす灯火のように皆を導いた。
マーカス・ベルン
大斧を担ぐ陽気な戦士。笑い声は森を揺らすほど豪快で、だが仲間を守る時は人一倍真剣だった。今は片足を失い、冒険を退き故郷で農作業をしている。
リオナ・フェルナー
快活で負けず嫌いの弓手。偵察と支援に長け、セリナともよく気が合っていた。今は弓を手放し、街で孤児の面倒を見ている。
ユリウス・カイエン
聖職者にしてセリナの幼馴染。温和で理知的な癒し手。だが彼女を救えなかった悔恨を今も抱え、聖堂に戻ってからは祈りに身を沈める日々を送っている。
「その中のセリナは俺の、恋人だった。」
口にした瞬間、胸に鋭い痛みが走る。だが、逃げずに続けた。
「ある時、辺境の村を“魔喰らいの冥狼バルグリス”が襲った。森の生命を喰らい、家畜を裂き、人にまで牙を剥く。
領民は怯え、切実な願いとして討伐依頼が出された。」
森に分け入った夜のことを、今も夢に見る。
蒼白な月光に銀毛が煌めき、赤く光る瞳が闇を切り裂いた。
咆哮とともに大地が揺れ、森の木々すら狂ったようにざわめき、絡みつく。
「戦いは凄絶だった。マーカスは斧を振るい、俺は巨狼の牙を盾で受け止め、リオナの矢が闇を裂いた。
ユリウスの祈りが俺たちを支え、エレナの矢が確かに奴の肉を穿った。……それでも、力は足りなかった。」
バルグリスは魔力を喰らい、さらに強さを増す化け物だった。
カティアの魔法ではなく、ユリウスの癒しさえも掻き消される。
咆哮一つで森が狂乱し、地形が変わるほどの惨状となった。
俺たちが最後に挑んだのは――“魔喰らいの冥狼バルグリ”。
森そのものを喰らい、獣を狂わせ、人を襲う恐怖の存在だった。
領民たちは怯え、俺たちはその切実な依頼を受けた。
森の奥で奴と遭遇した瞬間、俺たちは悟った。
これは人の手で挑むには、あまりに規格外の怪物だと。
月明かりの下、冥狼バルグリスの毛並みは銀に煌めき、赤い双眸が闇を切り裂いた。
咆哮ひとつで空気が震え、大地が軋み、森の木々が呻き声をあげる。
奴は魔を喰らい、その身を増幅させる存在――矢も剣も容易には通らない。
「マーカス!」
「任せろォ!」
マーカスの斧がバルグリスの脚を裂くが、逆に尾が唸りをあげ、彼を大地に叩きつけた。骨の砕ける音が耳に焼き付いた。
「リオナ、援護!」
「了解ッ!」
矢が雨のように放たれ、バルグリスの眼を狙う。だが、奴は木々を狂わせ、枝が鞭のように襲い掛かり、リオナの身体を切り裂いた。血が飛び散り、彼女の片目を奪っていった。
「ユリウス、治癒を!」
「すぐに……!」
祈りの光が仲間を癒やすが、バルグリスはその光さえ喰らい、笑うように咆哮した。癒しの術が通じない――それはユリウスの信念をも揺さぶった。
「……なら、私が!」
セリナの声が響いた。
彼女は水と光を融合させ、まばゆい閃光を生み出した。純白の光槍がバルグリスの胸を貫き、奴が初めて苦痛の声をあげた。
――だが。
次の瞬間、バルグリスの爪が俺に振り下ろされた。盾を構えるよりも速く、死の影が迫ったその時――セリナが俺を突き飛ばした。
「ザック――ッ!」
血の飛沫が舞い、彼女の胸をバルグリスの爪が裂いた。
俺の腕の中で、セリナは微笑んだ。
その瞳には恐怖はなく、ただ仲間を思う光だけが宿っていた。
「……あなたが……生きて……みんなを……。」
その言葉は途切れ、温もりが消えていった。
「セリナァァァッ!!」
怒りと絶望のままに、俺は盾と剣を振るい、残った仲間と共にバルグリスを討ち果たした。
だがその勝利は、何も残さなかった。
「マーカスは脚を砕かれ、リオナは片目を失った。ユリウスの癒しの光さえ喰らわれて……あいつは信仰を揺さぶられた。それでも俺たちは必死に戦った。必死に、生きようとした。」
リンが小さく息を呑んだのが分かる。
「最後に、バルグリスの爪が俺を狙った。その瞬間――セリナが俺を突き飛ばしたんだ。」
言葉が少し詰まった。
喉の奥に、まだ熱い痛みが残っている。
「……俺の腕の中で、セリナは微笑んで言った。
“あなたが生きて、みんなを”……ってな。それが最後の言葉だった。」
握りしめた拳が震えているのを、リンに見られたかもしれない。
「……セリナの墓は、ルボワ森林の泉のほとりにある。リンに初めて会ったのは、その墓参りの帰りだったんだ。」
ふっと息を吐き、リンを見つめる。
「だからな、リン。俺はもう、二度と大切な人を失いたくない。お前が何を抱えていようと、支えになりたいんだ。もしお前の存在が国を揺るがすことなら……辺境伯や、王にさえ報告しなきゃならんかもしれん。だが――それでも俺は、お前を守りたい。俺にできることなら何だってする。」
語り終えた俺の声は震えていたが、胸の奥はどこか軽くなっていた。
リンもまた、真剣な眼差しで俺を見つめ返していた。
アイザックが過去を語り終えたとき、しばし沈黙が満ちていた。
重く、しかしどこか澄んだその沈黙の中で、リンは静かに瞳を潤ませていた。
「……アイザック……。」
かすれた声で名前を呼ぶと、頬を伝って涙がこぼれ落ちる。
「そんなにも辛いことを……ずっと一人で抱えてきたなんて……。」
リンは両手で顔を覆い、嗚咽をこらえながら、しかし必死にアイザックを見た。
その瞳には深い共感と痛み、そして彼の苦しみを少しでも分かち合いたいという強い意志が宿っていた。
「リン……。」
思わずその肩に手を置いた。柔らかくも震える体。
自分の過去の影を打ち明けて涙を流してくれる存在がいることに、胸が熱くなる。
「俺は……セリナを…仲間を守れなかった。その悔恨は今も消えていない。だが……もう二度と、大切な人を失いたくないんだ。」
言葉が自然と口から零れる。
胸の奥に閉じ込めていた想いが、溢れ出して止まらなかった。
「リン……。お前が、この世界に来てくれてよかった。俺は……お前のことが好きだ。」
リンの瞳が大きく揺れた。驚き、戸惑い、けれど同時に――確かな光がそこに宿る。
「アイザック……。」
その声は震えていたが、逃げるような気配はなかった。
「私も……あなたに出会えて、本当によかった。ここに来て、右も左も分からなかった私を気にかけてくれて……支えてくれて……。あなたがいなければ、私はきっと今ここにいられませんでした。……だから……私も……あなたを、大切に思っています。」
言い終えると、リンの頬に新たな涙が伝う。
だがその表情は、確かに微笑んでいた。
心臓が高鳴り、喉が熱くなる。
俺はそっと彼女の頬に手を伸ばした。
「……リン。」
名を呼ぶだけで、互いの想いが通じ合った気がした。
自然と腕が伸び、リンを抱きしめ、お互いの温もりを感じる。長い過去の影も、未来への不安も、その一瞬だけはすべて溶け去っていくようだった。
次の瞬間、唇が重なった。
静かに、確かに――二人の想いを結ぶように。
ただ互いを求め、抱きしめ、温もりを確かめ合う。
涙に濡れたキスは甘く、切なく、そして何より温かかった。
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