24、奇跡が呼ぶ波紋6
ガルド様がレナリアの部屋に向かい、残された私は庭園へと足を運んだ。
深く息を吸い込む。風に揺れる花々が、まるで私を慰めるようにそよいでいた。
ベンチに腰を下ろすと、私の肩からルフェルがひらりと舞い降りた。
『……どうだった?』
「ガルド様は、とても喜んでくれたみたい。今、レナリア様の部屋に行ってる。」
その時、ひらひらと白い光が舞い、エルメルド、ピオラ、リィナ、シェルの庭守りの妖精たちが姿を現した。彼らもまた、心配そうな表情で私の話に耳を傾けてくれた。
「この庭で撮った写真が、少しでも彼女の心を温めることができればと願っています。」
私の言葉に、エルメルドが深く頷いた。
『当然だとも。彼女の心に、再び光を届けるのだ。もし、レナリアが再びこの庭に来てくれたなら……。』
エルメルドの言葉に続き、ピオラが目を輝かせた。
『ボクだったら、たくさんお話したいな!庭の花たちの名前を、もう一度教えてあげたい!』
リィナが優しく微笑み、シェルの小さな体が期待に揺れる。
『あの子が、もう一度花を愛でる姿を見たい……。』
庭守りの妖精たちの声は、それぞれがレナリアへの深い愛情に満ちていた。彼らがどれほどレナリアを大切に思っているか、その想いがひしひしと伝わってくる。
その時、ルフェルが、まるで何かを守るように私の前に躍り出た。
『ボクだったらリンを一人には、絶対しない。この子の“境界の波”は、もうこの世界に根を張ってる。誰にも壊させやしない。』
ルフェルの言葉に、空気が震えた。彼の小さな体から放たれる強い意思に、私は目を見張る。
と、その時――
『……あら、いいこと言うじゃない。』
ふと、どこからか別の声が重なった。ルフェルの言葉を拾うように、涼やかな声が響く。
茂みの影から、小さな妖精の姿がふわりと現れた。ピンクの髪に、白い羽。頬には薄紅の花びらが浮かんでいる。その姿は、ルフェルと同じくらいに小さく、しかし纏う雰囲気はどこか異なる。
『界渡りの少女を守るっていうの、ちょっと見せてもらうわ。』
その妖精は、挑戦的な視線をルフェルに向けた。
「誰……?」
私が戸惑いながら尋ねると、彼女はふわりと宙に浮かび、優雅に一礼した。
『ナエルよ。東の森の花精たちをまとめてる。あなたたちがこの世界に“風穴”を開けたって噂、もう流れてるのよ。面白そうだから来たの。』
ナエルの言葉に、ルフェルが目を丸くした。
『……なんでお前らがここに!?』
ルフェルの驚きに、ナエルは楽しそうに笑う。どうやら顔見知りだったらしい。そして、次々と、他の妖精たちが茂みの陰から姿を現していく。緑色の羽を持つ森の妖精、水色の羽を持つ泉の妖精、土の匂いを纏う地の妖精……様々な妖精たちが、好奇心に満ちた瞳で私たちを見ていた。
『あんたが動けば、気配で分かるのよ。……界渡りが、私たちの“希望”になるなら、手は貸すわ。』
私は、その光景に息を呑んだ。まさか、こんなにも多くの妖精たちが、私の周りに集まってくるとは。そして、彼らが私のことを「希望」と呼んでいることに、驚きを隠せないでいた。
「皆……どうして、私のことを知っているんですか?」
私の問いに、ナエルは微笑み、エルメルドが口を開いた。
『界渡りとは、古よりこの世界に稀に現れる存在。それは、異なる世界から、この地へと導かれる魂のことだ。初代国王もまた、別の世界からこの地に降り立った界渡りの一人だったのだ。』
エルメルドは、私とルフェル、そして集まった妖精たちを見渡し、その深い声で語り始めた。
『この世界には、創造神が創りし「魂の記憶」というものがある。我ら妖精は、その記憶を魂に刻まれながら生まれてくる。それは、神獣や生き物などもそうだ。だからこそ、我々は言葉なくとも、その者の本質を知ることができる。君の魂には、この世界とは異なる“境界の波”が刻まれている。それが界渡りの証だ。』
「境界の波……。」
私が呟くと、ルフェルが私の肩にそっと触れた。
『リンの魂から発せられる波長が、この世界の生命の根源と共鳴するんだ。だから、リンは魔物以外の自然や生き物全てから愛される存在なんだ。』
ナエルが、さらに言葉を続けた。
『界渡りの存在は、この世界に良い影響をもたらすと言われているわ。創造神がこの世界に招き、この国を建国したのが初代国王だった。彼は創造神の御子であり、この国の礎を築いた。彼自身もまた、この世界とは異なる“境界の波”を持つ界渡りであり、その魂には、異なる世界を繋ぐ力が宿っていたの。』
エルメルドが再び、その深遠な声で語り継ぐ。
『初代国王は、この世界が豊かに、そして争いなく発展していくことを深く願った。そして、もしもこの世界が停滞し、閉塞感に満ちた時、外からの”新しい風”が必要になるだろうと予見したのだ。
彼は、自身の先祖に、領民に慕われた武将がいたことを誇りに思っていた。その武将は、己の領地を豊かにし、人々のために尽くしたという記録が残っていたそうだ。だからこそ、初代国王は確信していた。「人のために力を正しく使えるのは、その血を受け継ぐ者たちだ」と。 彼は創造神に願った。「どうか、未来において、私の血縁者、子孫の中から、再び境界を越えてこの世界に光をもたらす者を選びたまえ」と。創造神はその願いを聞き入れ、初代国王の血筋に界渡りの資格を授けたのだ。』
「え……じゃあ、私って……もしかして、初代国王の……?」
自分の口から零れた言葉なのに、誰か別人が喋っているみたいに遠く聞こえた。胸の奥が、ふっと落ちる。地面の感触が、足裏から半歩ぶん消える。
ナエルが静かに頷く。
『ええ、あなたの先祖に初代国王の血縁者がいるということよ。きっと界を渡る前の世界に家族がいたのね。初代国王は、“彼の血を継ぐ者だけが、界を渡りその力を良い方向へ導ける”と願ったの。』
言葉は優しいのに、その優しさが刃みたいに鋭い。触れるほどに、現実の輪郭がくっきりしていく。
『あなたはその力を、かつての水野鈴子としてではなく、この異世界で得た特別なものとして、正しく使うことができる。あなたの写真に宿る「真実」の力は、閉ざされた心を癒し、希望を灯すことができる。私たち妖精にとっての希望とは、この世界が初代国王の願った通り、調和と繁栄を保ち続けること。
そして、そのために閉ざされた心を開き、停滞した空気を打ち破る「新しい風」をもたらす存在が、まさにあなた、界渡りなのよ。 それは、この世界が今、最も必要としているものなのよ。』
ナエルは、私のカメラに視線を落とした。肩に食い込むストラップの重さが、いつもよりずっと重い。機材の重量なんて、何百回も持ってきたはずなのに。金具の冷たさが鎖に思える。
――初代国王の血を引く者。
――この世界に招かれた理由は、希望をもたらすため。
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