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写真で奇跡を起こします!絆をつなぐフォトグラファーの異世界物語  作者: 鶴丸 左京
第一章:フォトグラファー異世界へ
20/31

20、奇跡が生む波紋2

「君が……リン殿か」


 私は思わず姿勢を正した。貴族、それも領主である辺境伯と直接会うのは、これが初めてだったからだ。


(ど、どうしよう……変なこと言わないようにしないと……!)


 私が緊張で固まっていると、横から小さく咳払いが聞こえた。


『リン、肩に力入りすぎ。』


 耳元で囁くように言ったのは、ルフェル――私だけに姿を見せる妖精だった。

 ルフェルは普段、他人には姿も声も見せないが、このとき、私を気遣ってそっと囁いてくれたのだ。


(……ありがとう)


 その声に、少しだけ心がほぐれた。



「評判を聞いてね。現物を見ずに判断するのは、私の流儀じゃない。」


 ガルド様は穏やかに微笑みながら、展示された写真板の前に立った。


「これだな……」


 飾られている写真板を、静かに見つめた。


 それは、妖精の花園で撮影した清楚バージョンの写真だった。


 モデルの女性が、白花と共に舞う一瞬。写真の中の光が、実際に微かに揺らいでいるように錯覚するほどの繊細な描写。


 その光景に、ガルド様の眼が揺れる。


「……これは、芸術をも超えている。なぜだ……絵ではない。なのに、心に届く。これほどまでに“人の美しさと誇り”を映し出すものを、私は見たことがない。……これは、“生きている証”なのだな。」


 しばらく無言のまま写真を見つめたのち、ガルド様は静かに言った。


「写真は、“その人の本当の気持ち”を映すものだと思っています。……これは、私たちの気持ちの結晶です。」


 その言葉に、ガルド様は目を細めた。


「……ならば、君に、ひとつ相談がある。この力で、依頼を受けてはもらえないか?」


「依頼……ですか?」



 ガルド様は静かに、けれどまっすぐに言った。


「実は――私の姪が、ある事情で人前に出られなくなってしまってね。その子の心を解き放つ手立てを、ずっと探していた。あなたの撮る写真には、人の心に灯をともす力がある……私はそれを信じたいのです。」


 目の前の人物が、自分の撮った“写真”に価値を見出し、それを“力”と見なしている――それは、期待と同時に、重圧でもあった。


 その眼差しは真剣そのものだった。


 私は、胸の奥に熱いものが込み上げてくるのを感じた。


 写真が……誰かの、心を救う?


 言葉にならない想いが、全身を駆け抜けていく。


 ガルド・セレイン――この地域の政治と軍を司る、若くして頭角を現した名領主。だが、その名声とは裏腹に、公の場に姿を現すことは滅多になく、民にとっては“雲の上の存在”とされていた。


 それほどの人物が、自分の写真に……心を委ねている。


 だが同時に――


(……この依頼、受けても大丈夫なのかな?どうしよう…。)


 即答できずに逡巡していると。


『……リン、気をつけて。』


 ふわりと風が吹き、肩に小さな重みが乗った。


 クリスさんとガルド様には見えないが――私には、ルフェルの姿が見えていた。


 だが、ルフェルの表情は、いつもよりも険しい。


『……気をつけて、リン。こういう人たち、悪気がなくても、君を“力”として扱おうとするかもしれない。この男は危険、って意味じゃない。でも、慎重に返事をして。貴族たちは“言葉”と“沈黙”で人を動かす。』


(うん、分かってる……)



 私はその言葉に背中を押され頷きながら、答えた。


「……承知しました。私で、よければ。できることがあれば、協力します。」


 そう答えると、ガルド様は深く頷いた。


「では、3日後の昼食に招待しよう。使者を送る。」


 そう言って、彼は軽く一礼し、白い衣の裾を翻しながら去っていった。




 ◇◇◇



 月光亭の厨房。夕食の仕込みの香りが漂う中、私は静かに包丁を動かしていた。


 ――が、心はざわついていた。


 ガルド・セレイン。辺境伯本人。写真を通して、誰かの心を救いたいと願った人。その真っ直ぐな眼差しが、胸に焼き付いて離れない。


「……本当に、大丈夫かな……。」


 ぽつりと漏れた私の独り言に、ふわりと宙から気配が降りてくる。


『心配なの?』


 現れたのは、ルフェル。私の肩にちょこんと乗りながら、小さな足をぶらぶらさせていた。


「うん。辺境伯様の目……本気だった。でも、その分、責任も重くて。」


『当然だよ。あの人は“願い”を託した。でも、リンなら大丈夫。君の写真は、誰かの心を映して、癒すことができる。』


「……ありがとう、ルフェル。でも、私一人じゃ、やっぱり不安で……。」


 私の言葉に、ルフェルはそっと私の頬に手を伸ばした。


『リン。君は一人じゃない。ボクがいる。アイザックもいる。君が信じる人たちが、ちゃんと君の背中を支えてる。……それに、誰かの涙を拭える力を持ってるのは、君なんだよ。』


 その言葉に、じんわりと胸が熱くなった。


「……うん。ありがとう、ルフェル。」


 私は微笑んで、そっと目を伏せた。


 ――その時。


「リン、独り言か?」


 厨房の戸がすっと開いて、アイザックが顔を覗かせた。


「あっ……ううん、ちょっと考え事してただけ。」


「ふーん……疲れてないか?クリスの店にも行ってたんだろう?」


「うん……平気。あのね、アイザック……実は、辺境伯のガルド様に依頼したいことがあるって言われて…。」


 私の言葉に、アイザックの表情がわずかに動く。


「……やっぱり、そうか。遠目に見てて、どこかで見た顔だと思ったんだ。以前、王都で護衛任務をしたときに、何度か顔を合わせた。」


「えっ……!アイザックって、そんな仕事まで……?」


「ああ、昔ちょっとだけな。王城に出入りしてた貴族の護衛任務だ。今は冒険者ギルドで自由にやってるけど……名前を出されるくらいには、信頼は得てるさ。」


「すごい……!」


『頼もしいな~、この人。見た目以上にいろいろ知ってそう。』


 ルフェルが感心したように腕を組んだ。私にしか聞こえないその声に、思わず口元がゆるむ。


 少し迷った後、私は意を決して言った。


「ねえ……アイザック。3日後、ガルド様の屋敷で昼食に招待されて……できれば、一緒に来てもらえないかな。付き添いとして。」


 アイザックは驚いたように目を見開いたが、すぐに真面目な表情に変わる。


「……もちろんだ。正式な招待なら、俺が同席しても問題ないだろう。何かあったら、俺が君を守る。」


「……ありがとう。心強いよ。」


 私は安堵に胸を撫で下ろした。



 就寝前、今日の一日を思い返しながら、窓の外を眺めていた。風が夜の街を吹き抜けていく。月の光の下で、私は心を静かに落ち着けていた。


 そして、思う。


 ――その子の心を、写真で救えるのなら。





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