19、奇跡が生む波紋1
私とクリスさんが共同開発した、下着と異世界初の“転写写真”を使った広告は、瞬く間に街で話題をさらい、店舗での販売と同時に爆発的な反響を呼んだ。
“清楚”と“妖艶”という正反対のコンセプトを持つ下着コレクションが、下着そのものの美しさと機能性はもちろん、モデルの表情や雰囲気までも封じ込めた一枚の“写真板”が、これまでになかった圧倒的な存在感を放っていたのだ。どちらもまるで童話や神話のワンシーンのような美しさに、人々は目を奪われた。
その奇跡的な美しさは「魔法か?」とささやかれるほどで、特に花々が舞う清楚バージョンの一枚は、日常を忘れさせる幻想と希望を宿していた。お店に寄せられる感想は老若男女を問わず、しかも皆、写真板の“魔法のような美しさ”に心を奪われていた。
「この下着……本当に素敵ね。あの表情、私も撮られたいって思っちゃった」
「まるで絵画みたい……でも、本物の“今”が映ってる。どうやって作ったの?」
「娘にも見せたら『大人になったら着たい!』なんて言ってて……年齢問わず刺さるのね」
中でも多かったのは、「あの写真板を部屋に飾りたい」という声だった。下着の広告としてだけでなく、芸術品のように受け取られている事実に、私は驚きと喜びを隠せなかった。
「信じられない……年齢層を問わず、どの世代からも注文が来てるのよ。お姉様世代の方々は“清楚”の方を自分たちへのプレゼントとして買ってくれるし、若い子たちは「こんなふうに着てみたい」って、年配の女性たちは“妖艶”で“自分に自信を持てる気がする”って言ってくれるの!」
クリスは満面の笑みで売上と感想が書き込まれた帳簿を手に取りながら言った。
男性客ですら、贈り物として予約する者が後を絶たなかった。
“身体を飾るため”の下着から、“心を映す”下着へ。
新商品は、下着の価値観そのものを変えようとしていた。
そして、それらを纏ったモデルの姿を写し出した「写真板」の存在が、この世界に新たな風を吹き込んだ。リンが持ち込んだ、あの異世界の技術で転写された魔道具のような写真は、この世界の住人にとっては未知の概念であり、視覚的な衝撃そのものだった。
“写真”という存在の持つ力は、それまでこの世界で当たり前だった肖像画やスケッチを凌駕していた。動きの一瞬を封じ込め、光の陰影さえも写し取り、“その人の気持ち”さえ映し出しているように見える。
今まで絵画や手書きの記録に頼っていたこの世界にとって、カメラの魔法が写した「一瞬の真実」は、人の心に深く突き刺さる力を持っていた。
店舗に飾られた「清楚」と「妖艶」それぞれの一枚は、瞬く間に人々の心を奪い、販売だけでなく、“自分も撮影してほしい”という依頼が後を絶たなかった。
ーーーそしてその評判は、とうとう“ある人物”の耳にも届いたのだった。
「これ……全部、感想?」
私は目を瞬かせながら、テーブルに積まれた束を見つめた。中には、華麗な文字で綴られた貴婦人の手紙、粗末な紙に震える文字で感動を伝える地方の商人の便り、さらには自分の娘にも同じものを着せたいと語る年配の女性の声まで――そのすべてが、クリスさんと私が手掛けた“下着”に寄せられた感想だった。
「年齢、身分、関係ないのよ……。『心が綺麗になった気がした』『こんなに安心して身体を包める布に出会えたのは初めて』『写真を見ただけで泣けた』……そんな言葉が次々に届くの。こんな商品、今までにない……」
クリスさんは目を潤ませながら、そっと写真板を一枚掲げた。
そこには、妖精たちの祝福を受けたあの瞬間が、奇跡のような一枚となって刻まれていた。
白い花の舞い、柔らかな光の中に佇むモデルの姿――そしてよく目を凝らすと、確かにその写真の中には、光と同化したような小さな羽の痕跡が見えた。
「写真板……これも話題よ。『本当にこんな世界があるのか』『何度見ても涙が止まらない』って……この国では、こんな風に“想い”まで写し込まれた写真は存在しなかったのよ。今では、貴族たちの間でも“幻の板”として噂になってる。それを一目見ようと、ほら、店の看板の前に人だかりができてるの。」
私はその光景を見つめながら、静かに息を吐いた。
――これは、私と、彼らが作り上げた“魔法”。
そこに店の扉が、がたん、と静かに開いた。
「いらっしゃ……」
クリスさんが振り返った瞬間、室内の空気が一変した。
私も扉の音に振り向いた瞬間、目を奪われた。
白銀の月光のように輝く長髪。
上質な白の織物に身を包み、まるで王宮の舞踏会から抜け出してきたような優雅な青年が、静かに店内へと歩を進めてきた。
――いや、青年ではない。
その目元には深い蒼があり、重ねてきた歳月の知性と責任が滲んでいる。見た目は20代後半に見えるほどの気品と美貌だが、実際は38歳前後だと後で知った。
店に入ってきたのは、光を宿したような長い金髪を持ち、まるで陽光を纏ったかのような白い上質なコートを羽織る青年――いや、青年のように若々しいが、その立ち振る舞いは熟成された威厳を滲ませていた。
彫刻のように整った顔立ち。吸い込まれそうなほど深い青の瞳。背筋は伸び、指先にまで洗練された気品が漂っている。
だが何よりも圧倒的だったのは――彼の“存在感”だった。
「……すみません、開店前の時間に。不躾に見学させていただけますか?」
その声は低く澄んでいて、どこか人の心を鎮める響きを持っていた。
信頼の置ける一人の騎士だけを伴って、まるで街の風景に溶け込むように立っていた。彼は一歩踏み出し、後ろに控えるもう一人の男性と目を交わした。騎士らしきその男は寡黙な雰囲気を纏い、さりげなく周囲を警戒しているようだった。
私の隣で、クリスさんが小声で囁いた。
「……あの方……たぶん、この領の統治者、“ガルド・セレイン辺境伯”よ。」
「えっ……!」
(へ、辺境伯……様……!?)
頭が真っ白になった。異世界に来て以来、ギルドや月光亭に来るお客さんたちとの交流はあったが、貴族、それもこの地を治める辺境伯本人との対面など、想像すらしていなかった。