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写真で奇跡を起こします!絆をつなぐフォトグラファーの異世界物語  作者: 鶴丸 左京
第一章:フォトグラファー異世界へ
18/28

18、クリスさんとの挑戦6

 月が登る頃――。


 ミリアさんの案内で、私は花園の奥、誰も足を踏み入れないとされる“月光草の咲く丘”に辿り着いた。


 そこは、まるで異界と現界の境のような場所だった。

 黒く艶やかな葉の隙間から、淡く光る紫の花が咲き、静かに揺れている。

 月の光を反射し、花は呼吸をするかのように脈打っていた。


 モデルのお姉様が、妖艶バージョンの下着に身を包み、月光草の中心に立つと、まるで月の女神が地上に舞い降りたかのようだった。黒と紫を基調にしたデザイン。胸元や腰にレースがほどこされ、妖艶で美しい。体の曲線を自然に引き立てるカットラインで、光に照らされるたびに肌と布が、まるで魔法のように融け合って見える。髪が風に揺れ、肌がほのかに光に照らされる。目元の微笑みは甘く、挑発的で、それでいてどこか哀しみを湛えていた。



「……完璧だ。光と影が織りなす美……。」


 私は画角を定め、風を待つ。


「リュミエールさん、肩の力を抜いて、ゆっくり回ってみてください。」


「こう?」


 私は一歩引いて、カメラを構える。

 だが――その瞬間、また風が変わった。


『ちょとー!呼んでって言ったよねー?』


 耳元で跳ねるような声が弾けた。

 振り返るまでもなく分かる――ルフェルだ。けれど、今日はひとつ違った。



 彼はひらりと宙を舞い、もうひとりの妖精をそっと私の前へと導いた。


 ふわりと月光に照らされたその姿は、まるで夜そのものを纏ったかのようだった。


 透き通るようなラベンダーの髪、月光を反射する繊細な羽。

 スレンとしたシルエットと大人びた瞳――彼女は、ルフェルとはまるで正反対の、静寂と知性を抱いた存在だった。



『この子は、セリア。月光草の守り手だよ』


『……どうも。あなたがリンなのね。界渡りの者』


 私は戸惑うが、セリアはふんわりと微笑んだだけだった。


『話はあと。今は、月光草が最も美しく輝く刻。あなたのカメラを通して、“夜の魔法”を咲かせてちょうだい。』


 セリアがそう言った瞬間、月光草の花たちが一斉に光を放った。

 紫から青へ、青から白へ――ゆっくりと色を変えながら、まるで呼吸するように明滅する。

 揺れる黒レース、艶やかな鎖骨、肩にかかる髪が風とともに舞う。長い黒髪が夜に溶け、衣装の艶が花の光と交錯する。


 ――カシャ、カシャッ。


 ファインダー越しに、私は自分の鼓動すら忘れていた。


 ──ああ、美しい。


 私は夢中でシャッターを切った。


 セリアが月光草に触れると、さらに花は妖しく光り、光の帯がゆらめきながらモデルの身体を優しく包み込む。静寂のなかに宿る、凛とした色気――そして、月の祝福。


 カメラに残されたその一枚は、花と人と光がひとつになったような、どこか現実離れした静謐な色香を放っていた。 



 モデルはまるで自分が別人になったようだと囁いた。それは確かに「変身」だった。

 花と妖精と光と――そして写真の魔法が生み出した、もう一つの“真実”。


 撮影を終えた後、関係者たちは静まり返っていた。

 やがて、クリスがぽつりと呟く。


「……これはもう、芸術だわ。“下着”を越えた、ひとつの命の美しさ……。すごいわ、リン……本当に、すごい……!」


 モデルのお姉様はその余韻のまま、微笑みながら冗談めかして言った。


「このまま、月に帰行けそうね……。」


 全てが神秘に包まれたまま、撮影は終了した。


 ◇◇◇


 帰り道、私は荷物を担いだアイザックと並んで丘を下った。


「……それにしても、今日は妙に静かだったな。撮影なのに、なんだか空気が違ってて。」


「うん、確かに……特別だった。」


 そう言った私の視線の先、風が流れた。

 花の香りと共に現れたのは――ルフェル。


 彼は宙を滑るように私の前に現れ、アイザックの視界には入らない位置で軽く手を振った。


 私は思わず立ち止まる。


『リン~、やっぱりキミの写真って、すごいね!妖精もびっくりだよ』


「ありがとう。……でも、どうして私に姿を見せてくれるの?」


 ルフェルは私の顔の前まで近づき浮かびながら、真剣な表情を見せた。


『君は“界渡り”の者。世界と世界の狭間を越えて来た。だから、僕らの存在に共鳴できる。普通の人には届かない波が、君の中に残っているんだ』


「……つまり、私がこの世界に呼ばれた理由も、それと関係あるということ?」


『そうだよ。君の“写真”という魔法が、この世界に必要だった。だから、僕も君と共にいたい。』


「……着いてくるの?」


『うん!料理も覚えるし、洗濯も手伝うし!……あと、マッサージも勉強する!』


 私は吹き出して、頷いた。


「ふふっ、いいよ。一緒に暮らそう、ルフェル。」


『やったーっ!リンの部屋、ボクのベッドも頼むよ』


 立ち止まっていた私に気が付いたアイザックが、ぴたりと足を止めて驚いた顔をこちらに向ける。


「……今、誰かと話してたか?」


「あ……えっと、うん。紹介するね。見えないかもしれないけど……妖精のルフェル。今、私の左肩にいるんだ。」


「妖精……? 本当に、いるのか?」


『アイザック、よろしくね~!荷物持ちありがとう』


 アイザックは一瞬呆気にとられたが、やがて小さく笑い、首を振った。


「リンの言うことなら、信じるさ。……その妖精が撮影の奇跡を手伝ってたのか?」


「うん、そう。秘密だけどね。」



 ◇◇◇


 ルフェルが私の部屋に住み始めて、数日が経った。


 小さなベッドは机の隅、窓際に置かれている。花びらと羽毛を組み合わせた、ルフェルお手製のふわふわベッド。その隣には、小さなコップの水とドライベリーが常備されていた。月光亭の厨房で手伝いと味見係。時折、人間の歴史や他種族との付き合い方まで、私に講釈する。


 朝。


『リン~、朝だよー!日が昇って三分十八秒!』


「うぅ……まだ寝かせて……」


『だーめっ!今日の朝焼け、特にきれいだよ。見ないと損だってばー!』


 まるで目覚まし妖精。私は布団に顔を埋めながらも、ルフェルの高揚した声に押されて、渋々起き上がる。


 窓を開け、朝の澄んだ空気を吸い込み、空を見上げれば、雲の間から金色の光が差し込んでいた。


「……確かに、きれい。」


『でしょー?ボクのセンス、なかなかでしょ?』


「うん、今朝はあなたに感謝するよ。」


 そんな調子で、ルフェルは毎日何かしらの形で、私の背中を押してくれる。

 一緒に暮らしてみると、思っていた以上にルフェルは世話焼きで、口うるさくて、お調子者だった。

 最初は奇妙だった共同生活も、今では当たり前になっていた。


 でも、ふとした時に見せる真剣な表情――特に、私が撮った写真を静かに見つめる時のまなざしは、まるでずっと前から人間と心を通わせていたかのようだった。




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