17、クリスさんとの挑戦5
花園での撮影は、驚くほど順調に進んだ。
モデルのお姉様もリラックスした表情で、クリスさんのデザインした“清楚”な下着を身にまとい、朝露の中で咲き誇る白花に包まれるようにポーズをとる。その姿はまるで、妖精の国から舞い降りたようだった。
私はカメラを構えながら、静かに息を吸い込む。
シャッターを切る直前、ふと、あの声が耳元をくすぐった。
『ねぇ、ねぇ。ぼくのこと見えてるんでしょ?』
え……。
カメラのファインダーから目を離すと、そこに――
「……っ!」
白い花々がまるで舞い踊るように空中を漂い始めた。光が乱反射し、モデルのまわりに幻想的な粒子が浮かび上がる。
「……っ!」
私は無意識に、シャッターを何度も切った。すると――
『やっと会えた。』
その声は、どこかで聞いたことのある、でも直接には聞いた覚えのない、不思議な響きをしていた。
ふと、視線を下げると、白い花の茂みの中に、小さな人影が立っていた。
ふわりと風に揺れている。背丈は膝ほどしかなく、足元は宙に浮いているようにも見える。
まるで幻のように、ひとりの少年が立っていた。透明なはねを持ち、髪は淡い木漏れ日のように艶やかで、緩く波打つ長い髪が肩まで流れていた。
風が吹くたび、髪の合間から尖った耳がのぞく。
頭には、白い小花と緑の葉で編まれた冠が乗せられ、まるで草原の祝福を象徴するかのよう。
琥珀と深緑が溶け合う瞳は、どこか儚げで、それでいてどこまでも真っ直ぐで。
細身の身体に、草花を織り込んだような薄緑の布をまとっており、その姿はまるで森の神話から抜け出したような神秘を放っていた。
その声は、少年らしいあどけなさの中に、どこか風のような響きがあった。
見た目は10歳ほどだが、話し方は落ち着いていて、年齢を超えた雰囲気を感じさせる。
『君、見えるんだね? ぼくのこと。』
「え……?」
『ぼくはルフェル。この花園に棲む、花の妖精だよ。』
少年――ルフェルは微笑み、リンに向かって一歩、踏み出す。
その足元から、白い花々が静かに開いていき、まるで彼の存在が自然そのものに祝福されているかのようだった。
いたずらっぽく口角を上げたその表情に、私は言葉を失った。
「ルフェル……。ほんとに、妖精……?」
『そうだよ。この花園には、ぼくたちがいっぱい住んでる。でも、ほとんどの人には見えないんだ。君が来たときから、気づいてたんだよ。ふわって風が動いて、君の心が呼んでくれたから。』
妖精の声は、まるで風の音のように軽やかで、胸の奥に響いた。
私は目の前に広がる幻想のような存在に、心を奪われる。
『ねえリン、写真って“気持ち”を映す魔法なんでしょ?』
「……うん、そう信じてる。」
『じゃあ、ぼくたちが祝福したら、特別な写真が撮れるかもしれないよ?やってみようか?』
その瞬間、ルフェルは小さな手をぱっと広げた。
ルフェルが両手を広げると、花園全体に淡い光が差し込んだ。風が踊り出し、小さな羽音が風の中に紛れて、無数の妖精たちと白花の花びらが空へと舞い上がり、モデルの周囲を優雅に揺らめきながら円を描き花びらと共に舞い降りる――。
それはまるで、花そのものが命を宿したかのようで、時間が止まったような一瞬だった。
モデルのお姉様が微笑んだ。白い下着と花々に包まれた姿は、もはや現実を超えた“神話”のようだった。
――カシャ、カシャ、カシャ……
私は自然に、そして夢中でシャッターを切る。涙がこぼれそうになるのを必死で堪えながら。
撮影を終えると、妖精たちはそっと光の粒となって姿を消していった。だが、彼らがいた証は、確かにカメラの中に刻まれていた。
モデルのお姉様は、撮影後もその余韻が抜けきらないようで、震えるように小さな声で言った。
「……ねえ、本当に、妖精がいた気がしたの……。あの空気、あの光……こんな気持ちになったの、初めて……。」
思わずプレビュー画面で、画像を確認する。
「……すごい、まるで童話の中みたい……。」
クリスさんもまた、写真を確認して言葉を失っていた。
その言葉を聞いた、ルフェルはくすっと笑った。
『これが、ぼくたちからの“祝福”。リン、また呼んでよ。いつでも、きみに協力するよ。』
そう言って、彼はふわりと浮かび、花びらの流れに紛れて姿を消していった。
「リン……これ、奇跡よ。とんでもないものを作ってしまったかも……。……これ……もう“服の広告”ってレベルじゃないわ……! この写真は……、一枚の詩ね。見る人の心を震わせるわ……!」
モデルさんも、仕上がった写真を確認しながら驚きを隠さない。
「これ、本当に私?……私、こんなに綺麗になれるんだ……」
喜びと感動が、現場全体に広がる。
「清楚」というテーマにふさわしい、まるで童話の1ページのような写真が完成した。撮影された写真は、まるで夢の中の風景のようだ。舞い上がる白い花びらの中、柔らかな光に包まれ日差しが花の海に落ちている。現実とは思えないほど繊細で、美しい花の舞が広がっていた。モデルの姿、そして――うっすらと、光の中に溶け込む小さな羽の影。
クリスは目頭を押さえながら言う。
「リン……ありがとう。この下着、きっと多くの人の自信を支えてくれるわ。」
私は笑って頷いた。撮影は、ただの仕事ではない。
人の心を動かし、自信を与え、見えない輝きを形にするものなのだと、改めて実感する。
私がこの世界に来た意味。写真を撮るということの、本当の役割。そして、“見える”ことの意味。
そして彼らは、私に“真実”だけではない、“見えない世界”の意味を教えてくれるのかもしれない。
そして私は思う、写真はただの記録じゃない。心に触れ、見えない存在すらも映す力がある。
それが、私の“魔法”なのだと――。